米原駅から番場宿、蓮華寺を経て醒ヶ井駅ハイキング・コース

基本的に車道歩きですが、交通量は少なく、静かな山里を歩くことができます。歴史的なスポットもあり、楽しめるコースです。


このコースは米原駅から旧北陸道(北国街道)のある米原宿に進み、中山道米原湊を結んだ物流のための道を、中山道の番場宿までたどります。番場宿では南北朝時代、元弘の乱で北条仲時らが自害した歴史のある蓮華寺を訪ねます。その後、中山道、中部北陸自然歩道を通って醒井宿・醒ヶ井駅へと向かいます。JR米原駅からゴールの醒ヶ井駅までは3時間ほどで行けるので、1日コースにするには、太尾山城などと組み合わせるのがお勧めです。番場宿から鎌刃城を往復するのも一案です。

コースの見どころ

米原湊は、江戸時代に中山道を通って行き来する荷物を、琵琶湖の水運とつなぐための重要な湊の一つでした。現在のJR米原駅が湊の跡地で、現在の市街地が広がる米原駅と琵琶湖の間は、干拓された土地です。米原湊の痕跡を示すものはほぼなく、米原駅東口に記念碑が立っているだけです。

米原湊の記念碑
米原湊の記念碑

かつての米原の中心はJR米原駅の東側、北国街道が通っているあたりで、米原は北国街道の宿場町の一つでした。JR米原駅から国道を渡ってしばらく進むと、かつての面影を残す北国街道に出ます。その先に青岸寺がありますから、参拝して青岸寺庭園を見学するのも良いでしょう。また10月ならば湯谷神社(ゆたにじんじゃ)の祭りもあるそうです。

米原の北国街道
米原の北国街道

ここでは、中山道との連絡路に入るために左折し、北国街道を北へ向かいます。すぐに左側にあるのが角田家住宅。「すみだけ」と読みます。江戸時代末期に建てられた町家で、米原宿の北国街道沿いではほとんど唯一江戸時代の面影を残す建物です。

角田家住宅
角田家住宅

米原宿内には地蔵堂がいくつかありますが、これは観光案内板にも載っている六角地蔵尊。関ケ原あたりから滋賀県北部にかけての地蔵は、「これ自然石じゃないの?」と思えるようなものも多く、さらにその数が無数と言えるほど多く、不思議に思っています。

米原宿内の地蔵堂
米原宿内の六角地蔵堂

六角地蔵尊のすぐ近くにあるカフェが「café du MBF」(食べログで評判を見る)。「カフェ」ですから、喫茶が主でランチにパスタくらいが出るのかと思ったら、イタリアンのコース料理も出す古民家レストランでした。

café du MBF
café du MBF

北国街道沿いにさらに進むと、米原市の文化財に指定されている「北陸道中山道分岐点道標」があります。左は北国街道を北上する道。右は江戸時代に開かれた、中山道番場宿への連絡路です。このハイキング・コースは右へと辿ります。

北陸道中山道分岐点道標
北陸道中山道分岐点道標

道をたどってすぐのところにあるのが、祭りの山車を保管しておく旭山組格納庫。毎年10月に湯谷神社の祭礼の時に山車が出るそうです。

米原曳山旭山格納庫
米原曳山旭山格納庫

この辺りの道は、いかにも旧街道といった趣。

中山道番場宿への連絡路
中山道番場宿への連絡路

更にしばらく進むと、両側に木立がある切通道になります。ここが深坂道。1611年に米原湊と中山道を直接繋ぐ物流のルートを確保するために作られたもので、この道と湊による物流が米原の発展の原点となりました。

深沢道
深坂道

深坂から先、道は山すそをぐるっと回りこむように東に向きを変えます。左側に米原高校がありますが、この辺りからも太尾山に登る道があるとか。標識は見かけませんでしたが。この辺りは中部北陸自然歩道にも指定されています。右側の山の斜面は雑木林が続き、時折出て来る地蔵堂が、古くからの道であることを示しています。

やがて道は開けた水田地帯に出ます。北を見ると伊吹山が見えます。ここから車道を離れて、未舗装の農道を歩いた方が足に優しいです。

東側には番場宿の向こうの山並みが見えていますが、ここは鎌刃城(かまはじょう)があったところ。写真右奥の方かと思います。東山道の時代から宿場だったという番場を見下ろす位置ですから、かつては交通の要衝を押さえる重要な城だったことでしょう。

番場宿・鎌刃城方面
番場宿・鎌刃城方面

水田を横切り、番場宿の西側の山すそにあるのが直孝神社。彦根藩の二代目井伊直孝を祀る神社です。

直孝神社
直孝神社

直孝神社の参道をたどり、番場宿の中を通る中山道に出ます。道を左に折れてすぐ蓮華寺

蓮華寺勅使門
蓮華寺勅使門

蓮華寺は聖徳太子が開いたという伝承のある古刹。1284年に当時の鎌刃城主土肥元頼一向上人を呼んで再建し、八葉山蓮華寺となったそうです。この時に鋳造された釣鐘は国の重要文化財。

蓮華寺の鐘楼
蓮華寺の鐘楼

南北朝時代には、元弘の乱の折に足利尊氏の寝返りによって京を追われた六波羅探題北方の北条仲時がここで行く手を阻まれ、蓮華寺本堂前で一族郎党432名が自害しました。北条仲時の墓は本堂右側の山中にあります。当時の住職が自害した人たちの名を記した「陸波羅南北過去帳」も国の重要文化財です。

北条仲時の墓
北条仲時の墓

蓮華寺に関連してもう一つ有名なのが番場の忠太郎。1930年に発表された長谷川伸の戯曲『瞼の母』(まぶたのはは)の登場人物です。長谷川伸は蓮華寺で自害した北条仲時一族の中に、子どもや若者が多くいたことに心を痛め、瞼の母を書いたとか。蓮華寺本堂の後ろには長谷川伸が寄進した忠太郎地蔵が立っています。ちなみに、架空の人物ですが番場忠太郎の供養塔まであります。

忠太郎地蔵尊
忠太郎地蔵尊

このほかにも、一向杉という杉の大木や、コウヤマキの大木、庭園、季節折々の花や紅葉など、蓮華寺は見所が沢山。

蓮華寺から鎌刃城へ直接登る道もあるようですが、登山口はわかりませんでした。お寺の人に聞く必要がありますね。

蓮華寺の拝観が終わったら番場宿の中を抜けて、中山道を醒井宿に向かいます。番場宿の中は、本陣、脇本陣、問屋場などのあった場所を示す石が置かれているだけで、当時の建物は皆無のようです。問屋場跡が多いのは、米原への分岐があったためでしょうか。

いくつかの集落を抜けて中山道を歩き、醒井宿が近づいたところ、国道の手前で右折し、中部北陸自然歩道をたどります。無論中山道沿いに歩いても良いのですが、この先国道を歩かねばならないところもあって、あまり面白くありません。

醒ヶ井への中部北陸自然歩道
醒ヶ井への中部北陸自然歩道

農村風景の中をたどると、醒ヶ井に入り、醒ヶ井駅はすぐです。番場宿から醒ヶ井駅までは1時間かかりません。番場宿で疲れた場合には、米原市のコミュニティバス、まいちゃん号も利用できます。事前予約が必要です。

集合場所

JR米原駅東口が集合場所、出発点になります。ゴールはJR醒ヶ井駅です。

行程とコースタイム

このコースはJR米原駅から歩き始め、見学を含めて4時間あれば十分です。ほぼ舗装された道を歩きます。番場宿で打ち切る場合には、米原市の乗り合いタクシー、まいちゃん号が使えますが、1時間前までの予約が必要です。

昼食

米原駅周辺で済ませてから出発するほうが良いでしょう。

トイレ

番場宿内の蓮華寺や公園、あとは醒井駅にあります。

持ち物と服装

街歩きの服装で大丈夫です。靴はスニーカーを勧めます。

ハイキング適期

年中訪れることができますが、車道歩きが長いので夏の暑い時期は避けるほうが良いでしょう。

近隣の見どころ

米原を出る前に太尾山城へ行くことができます。番場宿周辺で時間を取る場合は、六波羅山の北条仲時の五輪塔を探しに行くか、鎌刃城や番場城跡の訪問も良いでしょう。鎌刃城のハイキング・コースを参考にしてください。

醒ヶ井宿では、地蔵川沿いを散策するか、醒井宿資料館(旧醒井郵便局局舎)は、ヴォーリズが設計したものです。

また番場宿から醒井宿へ向かわずに、鳥居本宿へと向かい、中山道歩きを楽しむのも良いでしょう。鳥居本宿まで行けば近江鉄道鳥居本駅が利用できます。