東山道 を訪ねるハイキング・コース ウォーキング・コース

伊木山と承久の乱の舞台、前渡(ハイキング・コース)

名鉄犬山遊園駅から木曽川を渡り、木曽川べり各務ヶ原台地周辺の、承久の乱ゆかりの場所など歴史を訪ねます。途中織田信長の尾張・美濃平定ゆかりの伊木山に登り、伊木山城跡などを訪ねます。その後、各務原台地に残る古墳群を経て、前渡不動尊へと向かいます。


これと言った「目玉」になる見ものがあるコースではありませんが、伊木山では軽い山登りが楽しめるほか、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にも登場する承久の乱の舞台となったエリアを歩くことができます。ランチに適した飲食店もルート上には多いので、歩くタイミングを調整してランチを楽しむのも一興のコースです。

コースの見どころ

名鉄犬山遊園駅を出たらすぐに犬山橋(ツインブリッジ)を渡ります。ここはかつて東山道や中山道が通っていたところで、木曽川をはさんだ両側に常夜燈があります。犬山側では「内田の渡し」、鵜沼側では「鵜沼の渡し」と呼んでいます。ツインブリッジと並行してかかる鉄道橋は、かつては鉄道と道路の共用で、道路の真ん中を名鉄電車が走るという珍しい光景が見られました。今は分けられてしまいましたが。

承久の乱のおりには鵜沼の渡しをはさんで北側には、朝廷方の美濃守護代斎藤親頼が、北側には幕府方の毛利季光(毛利元就の先祖)が陣取ったそうです。

鉄道橋の向こう側、木曽川に突き出るような岩山にはかつて鵜沼城(宇留摩城)がありました。鵜沼城は室町時代に土岐氏に仕えた大沢氏が築城しました。1564年に織田信長の命を受けた豊臣秀吉(当時は木下藤吉郎)が伊木山城に陣を置き、当時の鵜沼城主で、当時美濃を治めていた斎藤龍興配下だった大沢治郎左衛門は秀吉の調略により戦わずに降伏しました。

犬山橋と鵜沼城
犬山橋と鵜沼城

橋を岐阜県側に渡ったら、木曽川沿いの道を左へ折れます。この辺りに鵜沼の渡し常夜燈があるはずなのですが…見つかりません。Googleマップに記載された場所が間違っていたので訂正を申し込んでおきました。というわけで残念ながら写真はなし。ルートマップには正しい位置を反映しておきました。

鵜沼の渡しからは、旧稲置街道鵜沼宿まで続いています。稲置街道は名古屋から犬山までかと思っていましたが、鵜沼宿までだったのですね。

ほどなく道は古市と呼ばれる住宅地の中を。この道はかつての東山道で、古市はかつて市がたったところだったとか。八坂神社があるあたりの小公園に付近の案内板がありました。東山道がどこを通っていたかが示されています。

古市の案内板
古市の案内板

ここの近くには庚申塚。歴史を感じさせます。

古市の庚申塚
古市の庚申塚

さらに大安寺川に沿って少し北上すると、承国寺土塁。この辺りは室町時代に格式の高い承国寺という寺院があり、さらに古い時代の遺物も出ているため、承国寺遺跡と呼ばれています。現在残っているのはわずかばかりの土塁のみです。承国寺は1450年ごろに美濃国の守護、土岐頼益の息子、土岐持益が建立したそうです。東山道沿いに立派な寺を建てたのでしょうね。承国寺遺跡についてはこちらを参照してください。

承国寺土塁
承国寺土塁

旧東山道とされる道はこんな感じ。

古市旧東山道

さらに進んで、ライン大橋の近くまで来ると正法寺があります。このあたり一帯は承久の乱の激戦地で、朝廷方として藤原秀康三浦胤義が布陣、幕府方として北条泰時三浦義村(三浦胤義の兄)が布陣していました。戦は幕府方勝利となりました。正法寺にある五輪の塔は三浦塚と呼ばれていて、以前は近所の別の場所にあったものが、正法寺の墓地に移されたそうです。地元では、承久の乱に関わった三浦さんの墓という伝承もあるようですが、この地には室町時代後期に桓武平氏の三浦氏の子孫が拠点を置いていたという記録があり、そちらの三浦さん関係の墓石という説の方が正しいように思えます。

鵜沼の正法寺
鵜沼の正法寺

西に向かうと集落を抜けて、伊木山(いぎやま)がよく見えてきます。

伊木山
伊木山

伊木山は、手軽な登山ができる場所として登山道が整備されていて、道標もたくさん立っています。

伊木山城は、1561年ごろに、美濃の斎藤氏を攻めていた織田信長に武功を認められた、地元の香川長兵衛忠次が、信長から地名を取って伊木の苗字を頂き、伊木忠次と改名。さらに伊木山に伊木山城を築いたとされています。ちなみに伊木忠次は、信長亡き後、信長の家臣、池田恒興に仕え、江戸時代には大名になりました。

伊木山城の跡は、山頂付近にわずかに痕跡を残すのみです。石垣もあるそうですが、埋められていてわからないそうです。伊木山城の築城には織田信長が関わったという説もあるようですが、詳細はわかりません。

伊木山には槍ヶ岳を開山した播隆上人も滞在したと言われています。伊木山の南側斜面、木曽川の眺めの良い岩場に、上人洞と呼ばれる場所があり、播隆上人の修行場と伝えられています。

伊木山上人洞
伊木山上人洞

山道を西側に降りると、熊野神社と観音寺。観音寺の本堂は幕末の1865年のものです。

慈雲山観音寺
慈雲山観音寺

ここからは集落を抜けて北西に進みます。途中各務原台地の断面がわかる場所があったのでパチリ。この土地は、木曽川が運んできた砂礫や、御岳山の噴出物が積み重なったところを、氷河期の浸食で河岸段丘が発達したものだそうです。詳しくはこちらを。この段丘上には縄文時代から人が住み、また古墳も数多く作られています。

各務原台地
各務原台地

河岸段丘を上段に上がり、ここからは古墳めぐりです。まず県道沿いにあるのが大伊木山西古墳。大伊木山西古墳は古墳時代後期の横穴式石室を持つ円墳です。表土は流れ去っていて、石室が露出しています。石室は子どもが出入りして危険なため、中が埋められたそうです。

大伊木山西古墳
大伊木山西古墳

大伊木山西古墳のすぐ近くに味鮮という中華料理店があります。取材の日はちょうどこの辺りでお昼になりました。安くてボリュームがあってお勧めです。ひっきりなしにお客さんが入っていました。

中華料理味鮮
中華料理味鮮

ここからは各務原市立陵南小学校へ向かいます。次の古墳、大牧1号古墳は小学校の敷地内にあります。途中の分かれ道にあった道標。「右 大ノギ 左 ウヌマ」と書かれているようです。この先に小山湊跡がありますから、小山湊から上がってきた人向けの道標でしょうか。

道標
道標

陵南小学校の門を入った左側に大牧1号古墳。大牧1号古墳からは金銅を貼った馬具が出土したとか。このあたりは大牧古墳群と言われていて、かつて80基もの古墳があったそうです。

続いてふな塚古墳(大牧4号墳)。元々は45mほどもあった古墳ですが、大きく痛んでいます。

ふな塚古墳から小山湊跡はすぐです。この渡し場は昭和の初期まで使われていたそうです。今残っているのは1845年の馬頭観音像と、雰囲気のある道だけです。

小山湊跡からはしばらく木曽川堤を歩きます。川はきれいですが、反対側は廃棄物の処理場のようになっていて、美しい場所とは言えません。ただ、この辺りが承久の乱などの戦場なんでしょうね。

木曽川堤
木曽川堤

熊野神社のところで堤を降り、集落の道を前渡不動尊に向かって進みます。このあたりが前渡で、承久の乱の大きな戦地となったほか、豊臣秀吉が小牧・長久手の戦いの時に前渡(記録上は大豆戸)に陣を張ったという記録もあるそうです。

熊野神社
前渡の熊野神社

前渡不動尊のある矢熊山の麓の公園の一角に、小さな岩山の上に立つ市杵島神社があります。ここは、浦島太郎伝説があるというユニークなところ。若干ストーリーに違いはあるようですが。

市杵島神社
市杵島神社

前渡不動尊は矢熊山山上にありますが、参道は舗装された道です。途中に承久の乱合戦供養塔があります。承久の乱の戦死者を弔った五輪塔を当地に移した、とされていますが、五輪塔は年代的には室町から戦国時代のものであるとか。まあ、土地の伝承ですから。

承久の乱合戦供養塔
承久の乱合戦供養塔

やがて矢熊山山頂のすぐ下に前渡不動尊。比較的小さなお堂です。眼病に霊験あらたかだとか。

前渡不動尊
前渡不動尊

矢熊山山頂からは眺めが良いです。写真は岐阜方面と犬山方面。この山には城跡はありませんが、昔は物見などに使われたのでしょうね。承久の乱の戦場を一望できたはずです。

矢熊山からは山頂北東側の山道を下ります。標識などはありませんが、よく踏まれた道です。降り立ったところにあるのが「七面塚」「古墳の碑」と書かれた石碑と、集められた石仏。いったいこれがなんであるのか、調べても何も出てきません。

七面塚
七面塚

この近くの丹羽養鶏場では、卵の直売をしています。この日は徒歩での取材でしたからパス。その後、空の森運動公園を抜けて、各務原駅方面へ。空の森運動公園周辺にはカメラを構えた人が多かったのですが、ここは各務原基地に着陸直前の自衛隊機が頭の上を通過するので、航空機を撮影する人の聖地になっているようですね。たまたま輸送機が着陸するところを見ましたが、大迫力でした。

その先にあるのが縄文時代の遺跡、炉畑遺跡。竪穴式住居が復元されています。出土した土器には東日本のものも西日本のものもあったそうで、各務原台地が古代から中世に至るまで、東西交流の歴史を積み重ねた場所であることはよくわかります。

炉畑遺跡
炉畑遺跡

炉畑遺跡に隣接するのが旧桜井家住宅。明治初期の1871年に建てられた養蚕農家で、濃尾大地震で倒壊したものの、元の材を使って再建されたそうです。老朽化で中に入ることはできません。

旧桜井家住宅
旧桜井家住宅

旧桜井家住宅からは、JR各務原駅か、名鉄名電各務原駅へと向かいます。距離的には名鉄二十軒駅が若干近いですが、こちらは普通列車しか停まらないので、帰路には二つの駅が利用できる各務原がお勧めです。

集合場所

名鉄犬山遊園駅西口が集合場所、出発点になります。木曽川を渡るのを抜けば、鵜沼駅や新鵜沼駅から出発もできます。到着はJR各務原駅あるいは名鉄の名鉄名電各務原駅です。この二つの駅は近くにあり、列車の時刻を調べてどちらかを利用すればよいと思います。

行程とコースタイム

このコースは名鉄犬山遊園駅から歩き始め、見学を含めて5時間ほどです。伊木山、木曽川堤防、前渡不動尊に未舗装の道がありますが、他はすべて舗装された道を歩きます。

昼食

犬山遊園駅、鵜沼、前渡不動尊周辺、各務原駅周辺には飲食店が多くあります。コースに近い鵜沼でのお勧めはカフェ・ル・マシャオンボンムウなど。前渡不動尊周辺だとコーヒーハウスカナダコナカフェスナフキンカフェドエピなど。

中間にはあまり飲食店がなく、取材時は味鮮という中国人の方がやっている中華料理店でランチを取りました。かなりボリュームがあります。

味鮮のランチ
味鮮のランチ

トイレ

道中はあちらこちらに公衆トイレがあります。

持ち物と服装

街歩きの服装で大丈夫です。靴は若干の山道があるのでトレッキングシューズを勧めます。

ハイキング適期

年中訪れることができますが、夏の暑い時期は避けるほうが良いでしょう。

近隣の見どころ

時間があればルートを少し変えて犬山城へ立ち寄ることもできます。

Post Author: ガイドマスター

柏原宿から西の薬師、北畠具行卿墓、徳源院、成菩提院、白清水(ウォーキング・コース)

柏原宿からスタートし、南に向かって名神高速道路を超え、王子神社・王子古墳を経由して柏原の西の薬師と呼ばれる泉明院へ。そこから中山道に戻り、旧東山道に入って乳地蔵と北畠具行卿墓を見学。清滝の集落に出て京極氏ゆかりの徳源院へ。戦国武将ゆかりの成菩提院に立ち寄り、照手姫ゆかりの白清水(しろしょうず)と照手姫笠掛地蔵を見てからJR柏原駅へ戻ります。

清滝山に登る、もう少しハードな柏原宿から西の薬師、北畠具行卿墓、徳源院、清滝山登山、成菩提院(ハイキング・コース)もあります。登山が好きな人におすすめです。

コースの見どころ

柏原宿の中心部を通ってから、西薬師道の道標に沿って南下。途中柏原宿歴史館を見学すれば、この地の歴史がよくわかると思います。柏原宿歴史館のホームページはこちら

柏原宿中山道沿いの西薬師道道標
柏原宿中山道沿いの西薬師道道標

途中の道標で未舗装の古い道に入ります。うっかり車道を歩いて行ってしまっても同じところに出ます。その先の名神高速下の通路は野生動物除けのゲートがありますので要注意。

西薬師道分岐
西薬師道分岐

西薬師に至るまでにあるのが王子神社。この神社は前方後円墳で、王子古墳と呼ばれています。王子神社と王子古墳の詳細はこちら

王子古墳から5分ほど歩くと西の薬師、泉明院です。伝教大師最澄ゆかりの寺とされています。寺伝では最澄が自ら薬師如来像を彫り、815年にこの寺を開いたそうです。

西の薬師 山門と本堂
西の薬師 山門と本堂

西の薬師からは再び中山道を目指します。金毘羅神社、成福寺がある小さな集落を抜けて、名神高速道路の伊吹PA(下り)に至ります。

集落の様子
集落の様子

伊吹PAにはコンビニ、軽食を出すレストラン(キッチン伊吹)やトイレがあります。外にはベンチもあり、ランチをとるのにちょうどよい場所です。

PAを出たら高速道路の下をくぐって北へ向かいます。国道を渡り、西薬師への道を示す道標のある中山道に戻ったら、柏原方面に少し戻ります。

中山道
中山道

上の写真、中央の丸い山の麓に中山道と旧東山道との分岐があります。北畠具行卿墓分岐の道標があります。ここを左折すると東山道。ここから清滝集落までは、中部北陸自然歩道にも指定されています。

北畠具行卿墓の分岐
北畠具行卿墓の分岐

この分岐点から東山道をたどりますが、清滝の集落に出るまでは山道です。北畠具行は歴史上の人物ですが、神格化(神社)も観光地化もされていないのですね。

途中、東山道時代からあったらしい乳地蔵があります。石組みの中に納められた珍しいお堂です。乳地蔵には何らかのいわれがあるようですが、調べてもわかりませんでした。乳地蔵の石像はかなり風化していて表情もわかりません。

乳地蔵
乳地蔵
乳地蔵
乳地蔵

北畠具行卿の墓は、卿が斬首されてから15年後に建てられたという宝篋印塔(ほうきょういんとう)。鎌倉時代末期の元弘の乱の折に鎌倉幕府の命令で北畠具行を斬首した京極氏一族の墓も近くの清滝にあり、やはり宝篋印塔ですから、この時代に特徴的なスタイルだったのでしょうか。

北畠具行卿墓
北畠具行卿墓

北畠具行卿墓からさらに東山道を進むと、青竜池というため池に出て、その向こう側が清滝の集落です。

清滝集落内にあるのが京極家ゆかりの寺院である徳源院。徳源院には有名な庭園や、京極家の墓所、三重塔などがありますが、取材時はコロナ禍で参拝ができませんでした。外側から撮影した徳源院の写真はこちらにあります。

徳源院境内
徳源院境内

徳源院を見学したら、清滝神社(清瀧神社)によります。この脇には清滝山に登る登山道があります。

清滝神社は1138年の創建と伝えられています。真言密教の守護神である清瀧権現は女性の龍神で、清滝山で毎年お盆に行われる清滝大松明という行事の時に、山が女人禁制になるのはこのせいでしょうか。ただ清滝神社の祭神は孝元天皇、嵩神天皇、武内宿弥ですから、清瀧権現との関連もよくわかりません。

清滝神社
清滝神社

次に向かうのは清滝の集落内にある、清滝の柏槇(イブキ)という古木。滋賀県指定の自然記念物で、樹齢は7百年と言われています。この場所にはかつて勝願寺という寺があったそうです。清滝の柏槇に関する伝説もあるそうですので、こちらを参照してください。

清滝の柏槇
清滝の柏槇

清滝の柏槇から、柏原中学校の前を通って成菩提院へ向かいます。

成菩提院(じょうぼだいいん)は戦国大名ゆかりの古刹です。成菩提院の創建は815年と伝えられ、伝教大師最澄がこの地に草庵を設け一時留まったのが始まりと伝えられています。西の薬師と同じ年ですね。

戦国時代には織田信長豊臣秀吉小早川秀秋などが宿営した記録があります。石田三成の書状も残されています。また、織田信長や徳川家康が寄進をするなど、戦国武将と繋がりが深い寺院として知られています。徳川家康の知恵袋として知られる天海大僧正も住職を務めていました。一部の文化財は常設展示されていますが、無住ではないものの寺自体が閉まっていることが多いです。

成菩提院の歴史はこちらのサイトが詳しいです。

定菩提院本堂
成菩提院本堂

成菩提院から東に、野瀬山に向かって歩きます。野瀬山のふもとにあるのが白清水(しろしょうず)。今はお世辞にも飲みたいとは言えない湧き水です。ただ古事記にも登場する由緒ある湧き水で、日本武尊が伊吹山の神に惑わされ、白清水の水で正気を取り戻したと伝わっています。また照手姫がこの地を通った時に、照手姫の白粉で水が白く濁ったために白清水と呼ばれるようになったという伝説があります。

白清水からJRの線路を渡り、柏原宿の東に入ると、照手姫笠掛地蔵があります。地蔵尊が二体並んでいますが、右側の背の低いものが照手姫傘掛け地蔵だそうです。

照手姫傘掛け地蔵

ここから柏原駅までは10分ほどです。

集合場所

JR柏原駅が集合場所、出発点になります。

行程とコースタイム

このコースはJR柏原駅から歩き始め、見学を含めて5時間ほどです。舗装道路と山道が混じっています。

昼食

柏原宿周辺に少しだけ飲食店がありますが、道中は名神高速道路の伊吹PAに弁当が買えるコンビニと軽食のレストランキッチン伊吹があります。

トイレ

柏原駅、柏原宿、伊吹PA、徳源院、成菩提院にトイレがあります。柏原駅のトイレは男女兼用でお勧めできませんので、柏原宿内のトイレを使うとよいでしょう。

持ち物と服装

服装は街歩きのものでも大丈夫です。一部に山道がありますから、靴は滑らないものがよいでしょう。

ハイキング適期

年中訪れることができますが、夏の暑い時期と降雪がある時は避けるほうが良いでしょう。

桜の頃は柏原周辺の里でもきれいです。桜が終わると山の上ではミツバツツジや馬酔木が見られます。秋の紅葉も名所と呼べるところはありませんが、それなりにきれいです。

近隣の見どころ

柏原駅から長比城跡を訪れる野瀬山コース柏原宿から高屋城跡・八講師城跡コースなどがあります。ただしこのコースもそこそこ長いですから、組み合わせるのであれば柏原宿の散策程度が良いでしょう。

Post Author: ガイドマスター

犬山 七福巡り(ハイキング・コース)

定番の犬山城下町の他に、かなりディープな犬山の町とその周辺が楽しめるコースです。ただほとんどが車道歩きとなるため、その分がハイキング・コースとしては減点でしょうか。


犬山七福めぐりは観光プロモーションのために行われたもので、常時七福めぐりが実施され、専用の御朱印がいただけるわけではありません。その一方で、七福を巡って歩くと、犬山の町周辺をかなり広範に回ることができますし、歴史にも触れることができるので、お勧めです。

コースの見どころ

名鉄犬山駅を東側に出たら、北方向、まずは妙感寺へと向かいます。妙感寺は犬山市の別にあった寺が日蓮宗に改宗すると共に、寛永17年(1640年)現在地に移ったそうです。

妙感寺本堂
妙感寺本堂

本堂の裏に犬山城主成瀬家墓所があるほか、背後の丘は大型の前方後円墳、妙感寺古墳です。妙感寺古墳は墳頂部まで登ることができますが、未発掘で文化財としての説明もありません。

妙感寺古墳後円部
妙感寺古墳上部

妙感寺古墳の見学を終えたら向かうのは犬山七福めぐりに入っている成田山名古屋別院大聖寺(成田山大聖寺)です。ここはもうけた外れに大きな寺院です。

成田山大聖寺
成田山大聖寺

参拝を終えたら、上の写真左側の駐車場への道をたどります。その先に若水庵という茶室。ここで抹茶を頂けるはずなのですが…コロナ禍のためかお休みでした。

若水庵
若水庵

新生大仏の脇の道を進み、右手に山を登る道があります。これが東之宮古墳への入り口です。東之宮古墳は白山平(はくさんびら)山の頂上部をならして3世紀後半~4世紀初頭に作られた前方後方墳で、国の史跡です。東之宮古墳出土品はいずれも国の重要文化財となり、京都国立博物館に収蔵されているそうです。東之宮古墳を楽しむためのスマホ用アプリができていますから、事前にダウンロードしておくと良いでしょう。

東之宮古墳
東之宮古墳

東之宮古墳は上に登ることはできません。勝手に登ってしまえば登れますが、石棺も発掘後埋め戻されていますから、登っても見るべきものはないようです。

東之宮古墳の墳丘のある丘には東之宮社と白龍社の二つの社があります。白龍社には山の上であるにもかかわらず、池があります。これが不思議で祀られたんでしょうね。

白龍社の池
白龍社の池

さらに白龍社の脇から奥に続く道をたどると、その先にあったのは朽ちかけた御嶽神社でした。こちらは案内板にも載っていません。

東之宮古墳の御嶽神社
東之宮古墳の御嶽神社

東之宮古墳への入り口は一つですから、古墳を一周したら元来た道を下ります。その後、車道を歩いて犬山モンキーパークの北口の方へ向かいます。途中には犬山善光寺などがあります。犬山善光寺は1928年にできた新しいお寺なので、今回はパス。この辺りの道は東海自然歩道に指定されています。

犬山モンキーパーク
犬山モンキーパークの間を抜ける

この先は、尾張パークウェイのインターチェンジなどがあり、車の通行量が多い道を渡るので要注意です。東海自然歩道をたどって犬山国際ユースホステルの近くを通り、その先が犬山七福の一つ、寂光院です。寂光院の本堂はもみじ寺の別名があるくらいですから、秋ならお勧めですが、登り階段はかなりきついです。東海自然歩道は寂光院の本堂からさらに継鹿尾山へと登っていきます。

秋の寂光院
秋の寂光院

寂光院駐車場から木曽川沿いの道に降りる車道を歩いていくと、その先が不老滝。木曽川べりには不老公園があり、ここも紅葉と木曽川の景色がきれいです。しかし、この不老の滝。上半分は石を積んであるように見えるのですが…。

不老滝
不老滝

不老滝からさらに木曽川沿いに歩いていくと、有名な桃太郎神社です。セメント作りの桃太郎や、サル、キジ、イヌなど物語の登場人物たちが出迎えてくれます。

桃太郎の誕生
桃太郎の誕生

時間的にはここまで歩いて来るとお昼時かもしれませんね。そんな時は昭和の雰囲気たっぷりのレストラン桃太郎食べログで評判を見る)をどうぞ。

レストラン桃太郎
レストラン桃太郎

帰路は木曽川沿いの同じ道を犬山橋までたどります。犬山橋は以前は名鉄電車と車が一緒に渡っていた珍しい橋でしたが、今は交通量が増えたため、車用には別の橋が作られています。下の写真、川の中の岩にいるのはカワウです。ちなみにこの辺り、犬山鵜飼で有名ですが、鵜飼にはウミウを使います。

犬山橋
犬山橋

犬山橋のたもとにあるのが内田の渡し跡の常夜灯。文化12年(1815年)にできたそうです。江戸初期までは、ここが中山道の渡し場でした。その後は尾張藩の支援で大正時代までは使われていたとか。木曽川の対岸にある岩山の上にはかつて鵜沼城がありました。

内田の渡し跡
内田の渡し跡

ここから名鉄犬山遊園駅を周り込むように、山手の道を進みます。この辺りは古来から内田と呼ばれる地域で、旧東山道もこの辺りを通っていたそうです。中世まではこの先訪れる瑞泉寺が勢力を持っていたとか。瑞泉寺とその塔頭が立ち並ぶ地域です。

まず訪れるのは龍泉院。ここは瑞泉寺の塔頭で、創建は応仁2年(1468年)だとか。小さなお寺ですが古いですね。

龍泉院
龍泉院

龍泉院のすぐお隣にあるのが龍済寺(りょうさいじ)。龍の付くお寺が二つ並んでいるわけです。龍済寺も瑞泉寺の塔頭です。

龍済寺
龍済寺

龍済寺は本堂前のお庭もきれいで「独座庭」というそうです。本堂裏にも小さな禅庭(雲谷庭)がしつらえてあります。

龍済寺本堂裏の庭園
龍済寺本堂裏の庭園(雲谷庭)

さてその次の臨渓院は、やはり瑞泉寺の塔頭。小さいながらも犬山城主成瀬氏の菩提寺。創建は室町時代の文明14年(1482年)。織田信長が犬山城を攻めた時に焼失し、江戸時代に入ってから再建されたとか。歴史と境内の今の様子が噛み合いません。

臨渓院
臨渓院

このほかにも輝東寺や臥龍寺など、このハイキング・コースでは訪れていない周辺の寺院も瑞泉寺の塔頭です。

ではいよいよ中世以来大きな勢力を誇った瑞泉寺へ。瑞泉寺は臨済宗妙心寺派の古刹で、室町時代の応永22年(1415年)には大伽藍ができていたそうです。大伽藍は今ではありませんが、周辺の塔頭とは明らかに違うサイズの寺院です。

犬山 瑞泉寺
犬山 瑞泉寺

瑞泉寺にはマキとクスノキの大木もあり、どちらも犬山の巨樹古木に登録されています。

瑞泉寺の山門をくぐって坂を下り、名鉄電車の踏切を渡って犬山城下へと向かいます。途中日本庭園の有楽苑がありますが、取材時は工事のため休業中でした。有楽苑近くにあるプチ ヴェルドーというお店は、隠れ家的フレンチレストランとして人気だそうですから、タイミングが合えばぜひどうぞ。

犬山城周辺では、犬山七福めぐりに含まれている針綱神社と、三光稲荷神社の二つを訪れます。

針綱神社入り口
針綱神社入り口

二つの神社に参拝したら、犬山城下町を南下します。個人的にはいつも魚新通りの岩井本店菓子舗へよってわらび餅を買います。犬山城下町に関してはこちらのハイキング・コースを参照してください。

城下町を抜け、犬山駅へと向かう道と交差する本町交差点までが観光客に知られている範囲。ここからさらに南下します。この先は、名古屋城へと向かう稲置街道です。一旦、通りの雰囲気はガラッと変わり、昭和の商店街になりますが、その後すぐに街道ぽい街並みになります。

稲置街道沿いの旅館
稲置街道沿いの旅館

その先には犬山祭りの山車の蘇登街車山倉。右奥にはこのハイキング・コース最後の寺院、先聖寺があります。

蘇登街車山倉
蘇登街車山倉

先聖寺は唐風の寺院ですが、黄檗宗に属しています。石を彫り込んだ柱や、天井の龍の絵などがあります。

先聖寺
先聖寺

さて、先聖寺から犬山駅に戻りますが、稲置街道沿いの古い町屋に「厳骨庵」の暖簾。ここは江戸後期創業のげんこつ飴のお店で、犬山名物げんこつ飴の元祖と言われています。厳骨庵のげんこつはここまで来なくても、土産物屋でも売っているようです。

厳骨庵
厳骨庵

その近くにある黒い大きな家が旧堀部邸。犬山城主成瀬家に代々仕えた士族の家だそうですが、現在残るのは明治に入ってからの1883年築ですが、国の登録有形文化財。なお、堀部邸の周辺は東西の道が不思議な構造をしていますが、どうやらここはかつて犬山城下町を守る惣構えの南のはずれで、堀や土塁があったところのようです。

旧堀部邸
旧堀部邸

あとは名鉄犬山駅は戻るだけです。

集合場所

名鉄犬山駅が集合場所、出発点になります。ゴールも名鉄犬山駅です。

行程とコースタイム

このコースは名鉄犬山駅から歩き始め、見学を含めて4時間ほどです。寺社境内などを除き、ほとんどが舗装された道を歩きます。

昼食

飲食店は犬山城下町。犬山市街地のいたるところ、犬山駅周辺、犬山遊園駅周辺に数多くあります。タイミング的には桃太郎神社周辺のレストランがちょうど良いかと思います。

トイレ

大きな寺社をはじめ、コースのところどころにトイレがあります。

持ち物と服装

街歩きの服装で大丈夫です。靴はスニーカーを勧めます。

ハイキング適期

年中訪れることができますが、夏の暑い時期は避けるほうが良いでしょう。

近隣の見どころ

時間に余裕があれば犬山城を加えることができます。

Post Author: ガイドマスター

柏原宿から猪鼻城跡、醒井宿(ハイキング・コース)

このコースは中山道柏原宿から醒井宿までのハイキングに、途中京極氏の隠れ城と言われる猪鼻城(別名河内城)跡を組み合わせたコースです。

柏原宿から醒井宿までは車があまり通らない昔の街道の風情を残したコースで、ゆっくり歩いても2時間ほど。

猪鼻城跡へは梓河内にある中山道からの分かれ道から往復約2時間です。集落を抜けた後は手入れの悪い山道で、温かい時期にはダニやヒルが出ますので、城跡などに興味がある人以外には勧められません。

コースの見どころ

JR柏原駅から柏原宿を抜け、西に向かいます。

途中東山道時代の小川の関跡を通ります。ただこの辺りの史跡はどこも「跡」ばかりで、建物などが残っているところはほとんどありません。

小川の関跡
小川の関跡

やがて左側に梓河内地区への分岐点。八講師城と猪鼻城への案内もあります。案内に従って名神高速のガード下の道を進みます。

梓河内(あんさかわち)は江戸時代には旗本の西郷氏の領地だったそうで、旧中山道沿いには西郷氏の館跡があります。

梓河内と猪鼻城を示す道標

なんでも梓河内の梓と河内は別集落で、梓川の上流が河内だとか。猪鼻城に向かう途中の河内集落はとても風情のある山里です。

河内地区の梓川
河内地区の梓川

河内集落のどん詰まりから山道に入り、猪鼻城跡をめざします。猪鼻城に関しての詳細はこちら

中山道に戻って醒井宿を目指します。おおむねこんな風情のある街道歩きが続きます。

中山道を歩く
中山道を歩く

途中梓川沿いにあった「推定横河の駅家跡」の案内。壬申の乱横河の古戦場跡の案内は醒井宿の近くにありますが、ここ梓河内を横河と比定する学説もあるそうです。

横河の駅家跡

一色の集落にある八幡神社とその前に並べられたお地蔵様。この地域一帯にこのような素朴な地蔵が無数にあります。

一色の集落にある八幡神社とその前に並べられたお地蔵様
一色の集落にある八幡神社とその前に並べられたお地蔵様

名神高速道路わきの一里塚跡。

一里塚跡
一里塚跡

ここは佛心水と呼ばれる井戸。

佛心水と呼ばれる井戸
佛心水

佛心水の近くには古くからの馬頭観音があります。ところが行ってみると、大きな碑があるものの、隣接するお堂の中はもぬけの殻。ひょっとすると碑の前の小さな石仏が馬頭観音?それとも元々碑だけで馬頭観音像はなかった?調べてもよくわかりません。また馬頭観音の碑自体も、今は中山道から少しそれた国道沿いにありますが、元々は中山道沿いにあったものを、名神高速道路の工事に伴い現在地に移したとのこと。

醒井宿の馬頭観音碑
醒井宿の馬頭観音碑

醒井宿の東端にあたる東見附(番所)。ここで街道は2度直角に曲がる桝形になっています。

そこからしばらく歩くと、日本武尊伝説がある居醒の清水。日本武尊の像も立っています。

醒井延命地蔵尊(醒ヶ井地蔵尊)は鎌倉時代の大きな石像。

醒井延命地蔵尊

醒井宿を流れる地蔵川はバイカモ(梅花藻)とハリヨの生息地として有名です。

醒井宿を流れる地蔵川
醒井宿を流れる地蔵川

醒井宿資料館では問屋場を再現しています。トイレもあります。

醒井宿問屋場
醒井宿問屋場

醒井宿を歩いていて、「あれ?」と思った醤油屋さん。ヤマキ醤油はきいたことがあります。ここは有限会社醤油屋喜代治商店といい、元々醒井の名水を使って醤油を作っていたようです。ヤマキ醤油が醒井の会社だとは知りませんでした。

有限会社醤油屋喜代治商店(ヤマキ醤油)
有限会社醤油屋喜代治商店(ヤマキ醤油)

しばらく歩くと天然記念物の了徳寺の御葉付銀杏。なんでも銀杏が葉の先に付くのだとか。取材は春先でしたから確認できませんが。

了徳寺の御葉付銀杏
了徳寺の御葉付銀杏

続いてこれも名水。細い水路の奥から流れ出ている十王水

十王水
十王水

十王水の次にあるのが西行水。この辺りの中山道は行基とか弘法大師とか西行とか、ビッグネームにまつわる伝承がある史跡が多いのですが、東山道が通る、かつての要衝だったせいでしょうね。西行水にも伝説があるようです。

西行水
西行水

西行水から少し西で、中山道は地蔵川から離れます。その先を右折するとゴールのJR醒ヶ井駅です。

集合場所

JR柏原駅が集合場所、出発点になります。終点はJR醒ヶ井駅です。

行程とコースタイム

このコースはJR柏原駅から歩き始め、真っすぐに醒井宿に向かう場合は2時間ほど。猪鼻城跡へ立ち寄ると4時間ほどの行程です。

昼食

柏原の周辺に飲食店が数軒。あとは醒ヶ井に近い国道沿いに飲食店があります。醒井宿内の飲食店は観光シーズン以外開いていないところもあるようです。

トイレ

柏原宿内に公衆トイレがあります。あとは醒井宿までトイレはありません。

持ち物と服装

猪鼻城跡に立ち寄らず、街道歩きだけを楽しむなら街歩きの服装で大丈夫です。靴はスニーカーを勧めます。

猪鼻城跡に立ち寄る場合は、簡単な山歩きの服装が必要です。季節によってはダニやヒルが出ますから、長そで長ズボンは必須です。石がごろごろしている場所もあるので、靴は軽登山靴がお勧めです。

ハイキング適期

年中訪れることができますが、夏の暑い時期と降雪がある時は避けるほうが良いでしょう。

猪鼻城跡に行くのは晩秋から初春のダニやヒルが出ず、藪もひどくない頃がお勧めです。

近隣の見どころ

柏原宿近くの北畠具行卿の墓などがあります。猪鼻城跡に立ち寄らない場合は、京極氏の菩提寺である清滝地区の徳源院を組み合わせるのも良いと思います。

Post Author: ガイドマスター

柏原宿から西の薬師、北畠具行卿墓、徳源院、清滝山登山、成菩提院(ハイキング・コース)

柏原宿からスタートし、南に向かって名神高速道路を超え、王子神社・王子古墳を経由して柏原の西の薬師と呼ばれる泉明院へ。そこから中山道に戻り、旧東山道に入って乳地蔵と北畠具行卿墓を見学。清滝の集落に出て京極氏ゆかりの徳源院へ。徳源院の旧北参道にある観音山の西国三十三所観音石仏を見学。徳源院から清滝山(439m)に登山。清滝山からは別ルートで清滝に下山し、戦国武将ゆかりの成菩提院に立ち寄り、JR柏原駅へ戻ります。

総延長11.1km。かなり欲張りなコースなので、途中を端折ることも可能。清滝山に登らずに、柏原周辺を一周する柏原宿から西の薬師、北畠具行卿墓、徳源院、成菩提院、白清水(ウォーキング・コース)もあります。登山が苦手な人におすすめです。

コースの見どころ

柏原宿の中心部を通ってから、西薬師道の道標に沿って南下。途中柏原宿歴史館を見学すれば、この地の歴史がよくわかると思います。柏原宿歴史館のホームページはこちら

柏原宿中山道沿いの西薬師道道標
柏原宿中山道沿いの西薬師道道標

途中の道標で未舗装の古い道に入ります。うっかり車道を歩いて行ってしまっても同じところに出ます。その先の名神高速下の通路は野生動物除けのゲートがありますので要注意。

西薬師道分岐
西薬師道分岐

西薬師に至るまでにあるのが王子神社。この神社は前方後円墳で、王子古墳と呼ばれています。王子神社と王子古墳の詳細はこちら

王子古墳から5分ほど歩くと西の薬師、泉明院です。伝教大師最澄ゆかりの寺とされています。寺伝では最澄が自ら薬師如来像を彫り、815年にこの寺を開いたそうです。

西の薬師 山門と本堂
西の薬師 山門と本堂

西の薬師からは再び中山道を目指します。取材の日はあいにく西の薬師のすぐわきで道路工事が行われていたので迂回しました。金毘羅神社、成福寺がある小さな集落を抜けて、名神高速道路の伊吹PAに至ります。ここにはコンビニ、軽食のレストランキッチン伊吹やトイレがあります。

集落の様子
集落の様子

中山道に戻ったら、柏原方面に少し戻ります。

中山道
中山道

上の写真、中央の丸い山の麓に中山道と旧東山道との分岐があります。北畠具行卿墓分岐の道標があります。ここを左折すると東山道。ここから清滝集落までは、中部北陸自然歩道にも指定されています。

北畠具行卿墓の分岐
北畠具行卿墓の分岐

この分岐点から東山道をたどりますが、清滝の集落に出るまでは山道です。北畠具行は歴史上の人物ですが、神格化(神社)も観光地化もされていないのですね。

途中、東山道時代からあったらしい乳地蔵があります。石組みの中に納められた珍しいお堂です。乳地蔵には何らかのいわれがあるようですが、調べてもわかりませんでした。乳地蔵の石像はかなり風化していて表情もわかりません。

乳地蔵
乳地蔵
乳地蔵
乳地蔵

北畠具行卿の墓は、卿が斬首されてから15年後に建てられたという宝篋印塔(ほうきょういんとう)。鎌倉時代末期の元弘の乱の折に鎌倉幕府の命令で北畠具行を斬首した京極氏一族の墓も近くの清滝にあり、やはり宝篋印塔ですから、この時代に特徴的なスタイルだったのでしょうか。

北畠具行卿墓
北畠具行卿墓

北畠具行卿墓からさらに東山道を進むと、ため池に出て、その向こう側が清滝の集落です。

清滝集落内にあるのが京極家ゆかりの寺院である徳源院。徳源院には有名な庭園や、京極家の墓所、三重塔などがありますが、取材時はコロナ禍で参拝ができませんでした。外側から撮影した徳源院の写真はこちらにあります。

徳源院境内
徳源院境内

徳源院の脇には川が流れていますが、その対岸の尾根上に観音山と呼ばれる場所があり、西国三十三所観音石仏が並べられています。西国三十三所観音霊場の写し霊場のひとつだと思われます。かつては観音山を通って徳源院に来る参道があったようです。下のマップを参考にしてください。徳源院の左に示してあります。

清滝史跡散策マップ
清滝史跡散策マップ

実際には、徳源院の脇にあったこの道標以外に道案内は皆無で、しばらく探し回りました。

観音山の道標
観音山の道標

徳源院からは川を渡って右側に登り、能仁寺遺跡の案内がある場所の左手に登り口があります。ガイドがいないとちょっと見つけにくいかもしれません。

観音山西国三十三所観音石仏
観音山西国三十三所石仏

観音山西国三十三所石仏から清滝山に登る登山道は、清滝神社まで戻って登り始めるのが正規のルートです。しかし取材時は時間が限られていたのと、地形図を見るとこの尾根を登っていけば登山道に合流できる見込みがあったので、ここから直登しました。登山道もなく、踏み跡もほとんどありません。良い子は真似をしてはいけないパターンですね。

藪をかき分けて急な斜面を登ると、清滝山から延びる尾根に出ました。ここからは踏み跡がありました。

清滝山から延びる尾根
清滝山から延びる尾根

やがて右側から来る正規の登山道と合流。尾根上は藪が多くて視界が悪いですが、ここは送電線?が通っているため一部だけ刈り払われていて視界が効きます。

柏原と清滝を臨む
柏原と清滝を臨む

やがて清滝山の山頂。ここにはかつて、京極氏が作った清滝山砦があったそうです。

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清滝山山頂
琵琶湖と伊吹山を臨む
琵琶湖と伊吹山を臨む
尾根上のミツバツツジ
尾根上のミツバツツジ

道は尾根をぐるっと回って谷沿いに入り、清滝の集落に降りてきます。清滝の集落からは田園風景の中を歩いて定菩提院へ向かいます。

成菩提院は戦国大名ゆかりの古刹です。戦国時代には織田信長豊臣秀吉小早川秀秋などが宿営した記録があります。また、織田信長や徳川家康が寄進をするなど、戦国武将と繋がりが深い寺院として知られています。徳川家康の知恵袋として知られる天海大僧正も住職を務めていました。重要文化財に指定されている文化財もありますが、この日は鍵がかけられていて何も拝観できませんでした。

定菩提院本堂
成菩提院本堂

成菩提院からJR柏原駅は徒歩10分程度です。

集合場所

JR柏原駅が集合場所、出発点になります。

行程とコースタイム

このコースはJR柏原駅から歩き始め、見学を含めて5時間ほどです。舗装道路と山道が混じっています。

昼食

柏原宿周辺に少しだけ飲食店がありますが、道中にはありません。名神高速道路のいぶきSAにはコンビニがあって、弁当などが買えます。また軽食を出すキッチン伊吹もあります。

トイレ

柏原駅、柏原宿、徳源院、成菩提院にトイレがあります。

持ち物と服装

軽登山の服と靴をお勧めします。

ハイキング適期

年中訪れることができますが、夏の暑い時期と降雪がある時は避けるほうが良いでしょう。

桜の頃は柏原周辺の里でもきれいです。桜が終わると山の上ではミツバツツジや馬酔木が見られます。

近隣の見どころ

柏原駅から長比城跡を訪れる野瀬山コース柏原宿から高屋城跡・八講師城跡コースなどがあります。ただしこのコースは11kmと長く、登山も含んでいますから、組み合わせるのであれば柏原宿の散策程度が良いでしょう。

Post Author: ガイドマスター

柏原宿から高屋城跡・八講師城跡(ハイキング・コース)

中山道柏原宿の近辺には中世から戦国時代にかけての山城の跡が沢山あります。JR柏原駅から最も近いのが長比城(たけくらべじょう)跡。長比城跡がある野瀬山は標高391メートルですが、八講師城(はっこうし城)があるのは標高460メートルあたりのところ。高さがある上に、JR柏原駅からの距離も遠くなります。


このハイキング・コースはほとんどが林道歩きで、柏原駅をスタートし、高屋城跡八講師城跡をまわり、梓河内の集落に降りてから中山道を歩いて柏原駅に戻るこのコースの総延長は15kmくらいあります。道はきつくはないですが、長距離の歩行になれない方にはお勧めできません。

八講師城のトレッキングマップは米原市のホームページからダウンロードできます。ただし、あまり道を見つけるための参考にはなりません。

コースの見どころ

このコース上には、中世の山城である高屋城跡・八講師城跡があります。高屋城は鎌倉時代、八講師城は室町時代の築城のようです。

柏原宿から南下し、名神高速道路を超えたら、道はすぐに林道になります。米原市役所が設置したトレッキングコースの案内板が設置されていました。

八講師城トレッキングコース案内
八講師城トレッキングコース案内

林道歩きは退屈ではありますが、周囲の緑はなかなかきれいで、のんびりとしたハイキングが楽しめます。

八講師城へ向かう道の森林
八講師城へ向かう道の森林
高屋城跡近くから伊吹山を望む
高屋城跡近くから伊吹山を望む

高屋城跡は登り口が明確でなく、斜面を適当に登ることになりました。かなり大きな二重の竪堀などが確認できましたが、史跡であることを示す石柱がどこにあるかわかりませんでした。

高屋城跡の竪堀
高屋城跡の竪堀

高屋城は京極氏の一族の高屋氏の居城とも伝得られていますが、詳細は不明です。

八講師城は林道からの入り口に案内があり、入り口はわかりやすいです。ただし、登る道は短いとはいえ、城の竪堀のようなところに沿った急な道で、あまり整備されていません。

取材の時の写真は尾根上にある八講師城の郭の一部で、このような平坦に削られた場所が、尾根上に点々と並んでいます。気づきませんでしたが、これは主郭ではなく、主郭はもう少し先だったようです。主郭には石積みがあるそうです。

尾根上に作られた八講師城の郭

八講師城があるのは八講師山と呼ばれる山ですが、八講師の語源はよくわかりません。一説によると、かつてこの辺りに八講寺あるいは八光寺という寺院があったところからきているそうです。

また八講師城の由来については柏原を拠点としていた京極家のものとする説がありますが、不明です。戦国末期に改宗された形跡があることから、浅井長政が信長に対抗するための砦としたか、あるいは関ケ原合戦の時に西軍が手を入れたのではないかと言われているそうです。

林道の周辺は森林で、傾斜が緩いですからゆっくりと歩けば森林浴にも良いでしょう。鳥の声や草花も季節によりますが楽しめます。

ルート上では野生動物に出会うこともあります。途中で出会った地元の人は「何かいましたか?」と聞かれたので、結構野生動物がいるのかもしれません。取材の日にはニホンアナグマに初めて出会いました。無論、いつでも見られるわけではありませんが。

アナグマ
https://www.facebook.com/WalkingTourInJapan/videos/1035540736970765

林道終点の梓河内の集落から柏原駅に戻る間の中山道歩きも、かなり魅力的な区間になります。

集合場所

JR柏原駅が集合場所、出発点になります。

行程とコースタイム

このコースはJR柏原駅から歩き始め、見学を含めて4~5時間ほどです。林道はすべて舗装されており、歩きやすいです。高屋城跡、八講師城跡に登るところだけ山歩きとなりますが、距離は短いです。

昼食

柏原宿を離れると行程中に飲食店はまったくありません。梓河内からの中山道沿いには喫茶店がありますが、ほとんど飲み物しかありません。少し離れたところに名神高速道路の伊吹パーキングエリアがあり、まとまった食事がしたい時には利用できます。

このような状況ですから、弁当の持参がお勧めです。

トイレ

柏原駅の改札内にあります。男女共用で環式です。道中は柏原宿に戻ってくるまでトイレはありません。

持ち物と服装

ハイキングの服装が必要です。舗装した道を歩くのが長いので、靴は履きなれたスニーカーかハイキングシューズを勧めます。城跡に登る時にスニーカーは滑りやすいですが、距離は短いです。

ハイキング適期

年中訪れることができますが、夏の暑い時期と降雪がある時は避けるほうが良いでしょう。

3月末から4月初旬にヤマザクラを始め、いろいろな花が咲きますから、この頃が最もお勧めです。

近隣の見どころ

柏原駅から長比城(たけくらべじょう)跡コースがお勧めですが、八講師城コースはかなり長いので疲れもたまり、同じ日に両コースを片付けるのは大変だと思います。柏原宿の散策か、鎌倉幕府に処刑された北畠具行の墓を訪ねるのがお勧めです。

八講師城から降りてきた梓河内(あんさかわち)の集落の奥には猪鼻城跡があります。猪鼻城跡を訪れるには、往復で最低2時間余分にかかります。

Post Author: ガイドマスター

犬山紅葉寺から継鹿尾山を経て名鉄善師野駅(ハイキング・コース)

紅葉の頃がお勧め。秋の天気の良い日には尾根歩きが気持ち良いです。


名鉄犬山遊園駅から歩き始め、紅葉で有名な継鹿尾観音 寂光院を見学、そこから山道に入り、継鹿尾山(273メートル)に登山。そこから東海自然歩道をたどり、名鉄広見線善師野駅へ至るハイキングです。

寂光院から継鹿尾山までは30分強の登り。そこからは概ね尾根道を上り下りしながら低山歩きが楽しめます。

コースの見どころ

名鉄犬山遊園駅から出て、木曽川にかかる犬山橋に向かって歩きます。常夜灯がありますが、これは内田の渡し跡。江戸初期の中山道の渡しはここにありましたが、後に今渡の渡しへと移り、中山道も木曽川対岸に移りました。

内田の渡し
内田の渡し

ここからは木曽川沿いの車道を歩きます。日本ラインと呼ばれる木曽川の景色は良いですが、車が思ったより多く、気を付けて歩かないといけません。写真の岩山の頂上には戦国時代、鵜沼城があり、豊臣秀吉(当時は木下藤吉郎)が凋落で落としました。

犬山橋と鵜沼城
犬山橋と鵜沼城

継鹿尾観音 寂光院の紅葉は規模はさほど大きくありませんが、そこそこきれいです。

犬山寂光院の紅葉
犬山寂光院の紅葉

継鹿尾山への登りは急ですが、石仏などが所々にあります。

継鹿尾山への道

途中にはGoogle Mapにも載っている駒ヶ岳開山心明霊神という社が祀られています。これはどうやら、木曽駒ケ岳の講に貢献があった、犬山出身の心明上人を祀るもののようですが、詳細はわかりません。

駒ヶ岳開山心明霊神
駒ヶ岳開山心明霊神

継鹿尾山山頂からは、犬山城や木曽川などを見ることができます。観覧車は犬山モンキーパーク。

継鹿尾山山頂からの景色

継鹿尾山山頂から東海自然歩道は、おおむね尾根道を通ります。高い木があまりない眺望の良いルートです。

継鹿尾山からの尾根道

尾根の途中で分岐があり、鳩吹山方面、桃太郎神社や栗栖方面も左です。その後すぐに旧木曽街道(上街道)の石拾い峠。東海自然歩道は岐阜県東濃方面へと分岐し、左をたどると木曽街道を土田宿、その先は中山道の伏見宿方面です。ここでは東海自然歩道の本線をたどり、右に坂を下ります。東海自然歩道は大洞池まで旧木曽街道を進みます。

善師野駅に近づくと、やがて大洞池。周囲の紅葉がきれいです。多分農業用のため池ですね。大洞池からは東海自然歩道を離れ、旧木曽街道(上街道)を善師野駅までたどります。

大洞池
大洞池

大洞池の下には、大きな岩があります。現地には説明が何もないのですが、犬山市のパンフレット「犬山たび街道の巻」に掲載されている蓑岩で、『尾張名所図解』にも載っているとか。古くから信仰の対象であった磐座と考えられています。それなら解説版くらい欲しいところ。

善師野の蓑岩
善師野の蓑岩

更に下ると次第に穏やかな農村風景が広がります。

善師野駅近くの風景
善師野駅近くの風景

すぐ下にある集落が伏屋という集落ですが、ここが旧善師野宿。善師野宿は江戸初期まで東山道・中山道の宿で、中山道が木曽川の対岸に移った後は、尾張藩の木曽街道の宿として機能しました。

善師野宿(伏屋集落)
善師野宿(伏屋集落)

禅徳寺を経て善師野宿内の木曽街道を下っていくと常夜灯が。

善師野宿の常夜灯
善師野宿の常夜灯

常夜灯を過ぎると、善師野駅は左方向に歩いてすぐです。

集合場所

名鉄犬山遊園駅が集合場所、出発点になります。名鉄善師野駅がルートの終点です。

行程とコースタイム

全行程3~4時間です。

犬山遊園駅から寂光院までが車道を歩いて30分ほど。寂光院の中にも登りがあり、見学とあわせて小一時間必要です。寂光院から継鹿尾山山頂までは30分強。そこから善師野駅まではゆっくり歩いて2時間です。

昼食

寂光院から先には山道ですから飲食店は一切ありません。善師野駅周辺にもありません。

トイレ

寂光院から善師野駅までの間にトイレはありません。

持ち物と服装

軽登山の服装が必要です。靴はくるぶしまでの軽登山靴がお勧め。

ハイキング適期

年中訪れることができますが、夏の暑い時期と降雪がある時は避けるほうが良いでしょう。

ベストシーズンはもちろん紅葉の頃、11月でしょうか。

近隣の見どころ

犬山城、犬山城下町などを訪れることができます。城下町を組み合わせる時は名鉄犬山駅が起点になります。継鹿尾山から鳩吹山への縦走路も良いと思います。

Post Author: ガイドマスター