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竹中半兵衛の居城菩提山城(ハイキング・コース)

    竹中半兵衛は垂井出身の武将で、戦国時代に織田信長豊臣秀吉の軍師として活躍しました。菩提山城は竹中半兵衛の橋上となっていた山城で、菩提山の山頂一帯にありました。このコースでは、JR垂井駅から歩き始め、菩提山に登山、伊富岐神社を経てJR垂井駅へ戻ってきます。農村地帯を歩く距離がかなり長いですが、そこかしこに史跡がありますし、のんびり歩けば農村の風景も楽しめます。

    このコースのマップはこちら


    コースの見どころ

    JR垂井駅の北口に降り立つと、迎えてくれるのは竹中半兵衛の像。ここから竹中半兵衛の居城、そして竹中氏の本拠地へと向かいます。

    垂井駅前竹中半兵衛像
    垂井駅前竹中半兵衛像

    中山道垂井宿を抜け、相川にかかる橋を渡って北西へと進みます。やがて岩手という集落。このあたりは竹中氏に敗れるまで、岩手氏が治めていました。岩手氏の名前から岩手という地名が付いたともいわれています。道沿いの神社に垂井町指定天然記念物の岩手のヤマモモ。温暖な地に生育するヤマモモの大木が、この辺りにまとまって生えているのは珍しいとか。

    岩手のヤマモモ
    岩手のヤマモモ

    岩手のヤマモモからすぐのところにあるのが五明稲荷神社。神社自体は別に特徴があるわけではありません。1578年に竹中半兵衛が三木城を攻めている時に、摂津の荒木村重が織田信長に反旗を上げました。黒田官兵衛が村重を説得しに向かいましたが、囚われてしまいました。官兵衛が帰ってこないので、織田信長は官兵衛の寝返りを疑い、人質に取っていた官兵衛の嫡男、松寿丸の殺害を命じます。しかし半兵衛は官兵衛を信じて松寿丸をこの五明の地に匿いました。後に官兵衛は救い出され、疑いが解け、松寿丸もこの地を離れることができました。神社境内にある銀杏は、この時に植えたものだとか。

    五明神社
    五明神社

    五明神社の近くには不破矢足の墓があります。不破矢足は竹中半兵衛の命を受けて、松寿丸を匿った人物です。不破矢足は姉川の戦いに従軍した折に、味方に扮して織田信長を狙った浅井家の遠藤直経の招待を見抜き、討ち取ったとか。この合戦で足に矢を受けたまま戦ったので、半兵衛から矢足という名を賜ったそうです。墓地の写真、一番右の墓石が不破矢足の墓のようです。現地には案内板も何もありません。

    不破矢足の墓
    不破矢足の墓

    道沿いには、○○邸宅跡という案内板がいくつか立っています。どうやら竹中家の家臣などの屋敷がこのあたり一帯にあった模様。やがて菁莪記念館。ここには竹中家をはじめ、郷土ゆかりの資料が展示されているそうですが、取材時は休館でした。この辺りに垂井町コミュニティバスのバス停がありますから、ここまでバスで来ても良いでしょう。

    菁莪記念館
    菁莪記念館

    岩手公民館を挟んで竹中氏陣屋跡。これは戦国時代のものではなく、江戸時代に旗本になった竹中氏の拠点だったようです。つまり竹中半兵衛の時代には無かったものですね。

    この先の道は東海自然歩道になっています。自然歩道の道標の先、JRの高架をくぐると禅幢寺。禅幢寺は竹中氏の菩提寺で、竹中氏一族の墓があります。竹中半兵衛の墓石もあるのですが、竹中半兵衛は三木城攻めの時に病死して、兵庫県三木市平井に埋葬されたはずですから、ここにあるのは墓石だけかもしれませんね。

    禅幢寺の隣、八幡神社の境内から菩提山への大手道登山道が始まります。八幡神社からさらに車道を進んだ山の神からの登山道もありますが、取材時には途中橋が壊れていて閉鎖になっているようですので注意してください。

    八幡神社からの登りはじめは樹林帯ですが、広葉樹の巨木が多いのに驚きます。

    高圧線が通るところまでは視界が開けず樹林帯を歩きます。その先しばらく登ると、菩提山城の痕跡がはっきりと出てきます。以下は曲輪の跡。これ以外にも竪堀、切岸や、土塁などを見ることができます。

    菩提山山頂一帯が本曲輪の跡です。菩提山城では本丸とは呼ばないようです。竹中半兵衛はここに居住していたそうですが、息子の代になると麓の陣屋に移ったそうです。

    菩提山城からは濃尾平野が一望でき、眼下には街道が通っていた垂井を臨みます。要衝の地であったことがわかります。この辺りだけ木が伐採してあって、眺望が確保されています。

    菩提山城からの眺望

    下りは、菩提という地域に降りる登山道を使います。こちらは階段状に整備されている部分が多い道で、急登が多く、登りにはあまり勧めません。下り着くと白山神社と菩提寺。菩提寺はかつてこの辺りに勢力を持っていた伊福氏の寺で、824年に空海を開祖として建立されたそうです。

    不退寺の少し下から東海自然歩道で伊富貴神社へと向かいます。この辺りは元来山すそを通る道が東海自然歩道に指定されていましたが、2020年に田んぼの中を抜けていく道に変更されています。詳しくはこちらを

    伊富貴神社は美濃国の二ノ宮です。伊富貴神社には伊福氏の祖霊が祀ってあるそうです。垂井周辺には古墳がたくさんありますから、そうした時代から勢力を持っていた支族だったのかもしれませんね。。社殿は関ヶ原の戦いで焼けており、江戸時代初期の再建です。社殿の脇に立つ大杉は神木で、関ヶ原の戦いの時には既に大木であったとか。伊富貴神社は参道がとても長く、集落を抜けた中山道の脇に一の鳥居が立っています。

    伊富貴神社一の鳥居からは垂井宿へ向かって、中山道を歩いて行きます。中山道をそのまま歩いて垂井宿に入るのも良いコースですが、取材時は垂井一里塚を過ぎたら国道21号線を歩いて国道沿いの史跡に向かいました。池田輝政陣跡と、春王丸・安王丸の墓です。

    池田輝政は姫路城を現在の姿にしたことで有名ですが、関ヶ原の戦いでは、東軍として垂井付近に布陣し、南宮山周辺の毛利秀元らの軍勢に備え、実戦には至りませんでした。

    春王丸・安王丸は室町時代の鎌倉公方足利持氏の息子です。1439年、永享の乱で謀反を起こした足利持氏が討伐されると春王丸・安王丸も捕らえられ、この地で殺害されました。

    ここからは、JR垂井駅まであと少しです。途中有名なパン屋、グルマンヴィタル パンの森 垂井本店へ立ち寄るのもお勧めです。

    集合場所

    JR垂井駅が集合場所、出発点になります。

    行程とコースタイム

    このコースはJR垂井駅から歩き始め、6時間ほどです。途中のアプローチに垂井のコミュニティバス、ときめき号(こちらを参照)を利用すれば、かなり時間は短縮できます。

    昼食

    行程の途中には飲食店がありません。菩提山山頂などで弁当にしましょう。

    トイレ

    登山の前、降りてきた後にトイレがあります。登山中はありません。

    持ち物と服装

    軽登山の服装をしてください。靴は軽登山靴かトレッキングシューズをお勧めします。

    ハイキング適期

    年中訪れることができますが、夏の暑い時期と降雪がある時は避けるほうが良いでしょう。

    近隣の見どころ

    南宮大社真禅院に立ち寄ることができます。