美濃路から稲沢アジサイ寺性海寺、矢合観音(ウォーキング・コース)

清州と稲沢の間の美濃路をたどり、重要文化財の六角堂を見学。そこからアジサイで有名な性海寺へと向かい、さらに西、矢合観音を目指すウォーキングのコースです。ポイントごとに見どころはあるものの、ポイント間の距離が長く、その間の休み場所もあまりないのが難点です。ところどころに喫茶店がありますから、それを利用する手はありますが。


重要文化財なのにあまり知られていない六角堂を訪ね、6月には紫陽花が咲き乱れる性海寺を訪問。矢合観音は植木で有名ですが、実は歴史も古いところと、稲沢周辺の歴史的な見どころはかなりカバーされるコースです。

紫陽花を中心に見るのなら清洲駅からではなく、名鉄奥田駅から歩き始めても良いと思います。

コースの見どころ

JR東海道本線の清洲駅は名古屋への通勤通学者が主に利用し、ここから歩き始める人は皆無に近いのではと思います。この辺りは江戸時代にはかつて美濃路が通っていました。美濃路は東海道中山道を結ぶ脇往還で、伊勢湾を渡る東海道の海上部分を避けるためによく利用されていました。象もこのルートを通りました。清州には清須宿がありましたが、本陣跡などがある清須宿の中心部はこのコースでは訪れません。

なお、「きよす」には清州と清須の二つの地名表記がありますが、清須の方が古くから使われていたそうです。

清洲駅から美濃路に向かう途中に訪れるのは総見院(總見院)。1585年からこの地にあった總見寺は江戸時代に入っての清州越しで名古屋に移転し、ここにあった寺は廃墟になったそうです。その後、1644年に初代尾張徳川藩主徳川義直が興聖山總見院と名付けて再興したそうです。1785年には柏原藩の織田家から『伝、織田信長焼兜』(本能寺の変で焼けた織田信長の兜)が奉納され、總見院の寺宝とされています。總見院には円空仏もあるようです。

總見院の山門
總見院の山門

總見院から美濃路はすぐ。なんとなく、街道っぽい雰囲気はあります。

清須市内の美濃路
清須市内の美濃路

美濃路を歩き始めてすぐのところにある亀翁寺。西暦1500年頃、南北朝時代の創建の尼寺だそうです。ここには国の重要文化財の木造虚空蔵菩薩坐像がありますが、御開帳は25年に一度!次回は2044年だとか。木造虚空蔵菩薩坐像の写真はこちらにあります。

亀翁寺
亀翁寺

美濃路を更に北上すると北市場美濃路公園があります。特に史跡があるわけではありませんが、トイレもあり休憩できます。美濃路の案内があります。

北市場美濃路公園
北市場美濃路公園

上の地図だと、清須代官所跡とありますが、江戸時代の役所です。現在は跡形もなく、美濃路からちょっと入ったところに役所に至る道上にあった役所橋の跡の案内があるだけです。代官所は写真奥の畑地のあたり?

清須代官所跡の橋
清須代官所跡の橋

次に向かうのは、周辺の地名にもなっている六角堂です。六角堂は臨済宗妙心寺派の長光寺にある地蔵堂で、国の重要文化財です。形が六角であるために六角堂と呼ばれています。室町時代の応保元年(1161)、平頼盛の寄進で創建されたと伝えられています。六角堂内に安置されている鉄造地蔵菩薩立像も国の重要文化財で尾張六地蔵の一つです。通常公開はされていないようです。

長光寺六角堂
長光寺六角堂

また、長光寺境内には臥松水(がしょうすい)という井戸があり、織田信長がここの水を取り寄せて飲んでいたとか。清須城に近いところですから、信長ゆかりの地が多いですね。

そして、長光寺のすぐ南側の民家のあたりが浅野長勝宅址。今は石碑が一つあるだけです。浅野長勝は織田信長の弓衆で、豊臣秀吉の妻ねねの養父です。稲沢にいた後に一宮市の浅野城(現在の浅野公園)に移りました。秀吉に仕えた五奉行の一人、浅野長政は浅野長勝の養子で、この浅野氏は、忠臣蔵で有名な浅野内匠頭の祖です。

ここから次の目的地である大塚までは長く退屈な道が続きます。途中には休むところ、見どころはほぼありません。田んぼの生き物たちくらいでしょうか。取材の日に見たのはアオサギ、シラサギ、メダカ、オタマジャクシ、ミシシッピアカミミガメなどでした。

アオサギ
アオサギ

大塚の集落に貼ってまず訪れるのがせんき薬師。せんき薬師は正式には日出山西福院せんき薬師だそうです。江戸時代初期に開かれた真言宗智山派の寺院です。せんきは疝気で、腰や下腹が痛む病気の総称だそうです。

せんき薬師
せんき薬師

せんき薬師の次の訪れるのが、紫陽花で有名な性海寺(しょうかいじ)です。性海寺は真言宗智山派の寺院です。大塚性海寺歴史公園の中にあるだけあって、古墳もあれば、性海寺という寺にも重要文化財などの文化遺産が多くあります。性海寺は弘法大師・空海が弘仁年間(810年~824年)、名古屋の熱田神宮にお参りする途中に開基したという言い伝えがある歴史あるお寺です。

これが国の重要文化財の性海寺本堂。本堂は1648年に建立されましたが、内部にある須弥壇には1281年の銘があるそうで、元々は1281年頃に建てられた建物に江戸時代尾張藩主徳川義直の支援で手を入れたようです。同じく重要文化財の宝塔がありますが、「重要文化財二棟」と書いてあるので建物かと思ってきょろきょろしていましたが、本堂内に安置されているそうです。写真はこちらにあります

性海寺本堂
性海寺本堂

性海寺にあるもう一つの重要文化財が多宝塔です。室町時代の建物です。

性海寺多宝塔
性海寺多宝塔

この他にも性海寺には木製漆塗彩色金銅種子装五輪塔(性海双円塔) 附 塔内納入品という、重要文化財もあるそうです。愛知県や稲沢市指定の文化財はその他にも数々。

そして性海寺境内には大塚古墳があります。高さ5m、直径40mの周湟をともなう円墳です。ただし、現在の墳丘上層部は中世以降の盛土だとか。円筒埴輪・形象埴輪が出土しており、古墳時代中頃のものと考えられています。被葬者は近くを流れる三宅川の水運を握っていた地方豪族と考えられています。

性海寺大塚古墳
性海寺大塚古墳

性海寺のある大塚性海寺歴史公園では毎年6月にあじさい祭りが開かれますが、2021年、2022年は新型コロナの蔓延により中止となりました。

性海寺の西側を流れている大江川に沿う遊歩道をしばらく歩き、右側に分かれる支流(大塚井筋と呼ぶらしい)に沿った道を歩きます。性海寺から次の目的地の矢合までは蛇行する三宅川を突っ切れば近いのですが、遠回りするのは八神街道を通って矢合に入るからです。

八神街道は江戸時代初期に、美濃国中島郡八神城主(今の羽島市)毛利広義が、名古屋城へ登城するための道として開いたものだそうです。中山道などの幕府が開いた街道とは違い、ローカルな街道ですね。

八神街道には矢合の集落のすぐ手前で入ります。この先の左側には尾張国分寺跡があります。天平時代の741年に聖武天皇の命で全国に建てられた国分寺の一つです。金堂跡、塔跡、講堂跡などが確認されているそうで、史跡に指定されているものの、現在民有地になっている現地には説明があるだけで、塔の礎石以外には遺跡のようなものは見ることができません。

矢合集落の入り口には長い参道を持つ鈴置神社があり、八神街道は鈴置神社の左側を抜けて矢合の集落を抜けていきます。

八神街道と鈴置神社参道
八神街道と鈴置神社参道

矢合集落内の八神神社沿いには点々と地蔵や馬頭観音らしき石仏があり、人馬の往来があったことを示しています。

八神街道沿いの馬頭観音
八神街道沿いの馬頭観音

この先八神街道は西へと集落を抜けていきますが、コースは途中で八神街道と別れ、昔ながらの矢合集落内の細い道をたどって北東へ向かいます。

途中市神社や村社三社などの神社を経て、尾張国分寺。このお寺は尾張国分寺という名称ですが、聖武天皇の国分寺の直接の末裔ではありません。このお寺は臨済宗妙心寺派の寺院で、明治19年(1886年)にそれまでの円興寺から尾張国分寺に改称しました。境内にかつての国分寺の本尊と言われる薬師如来像を祀った国分寺堂があったため、改称したそうです。

尾張国分寺
尾張国分寺

尾張国分寺には木造釈迦如来坐像を始めとする重要文化財の仏像が数体あります。予約してから行くと拝観できるとか

尾張国分寺の入り口の前には矢合城の碑が。片原一色城主の橋本道一の弟、橋本大膳が築城しましたが、江戸時代に入って廃城になりました。跡地には現在の尾張国分寺(当時は円興寺)が建てられました。

矢合城跡
矢合城跡

尾張国分寺から、有名な矢合観音まではすぐです。参道には土産物店や植木店、飲食店などがあります。

矢合観音前の土産物屋
矢合観音前の土産物屋

本尊「十一面観世音菩薩」を祀る矢合観音ですが、実は寺院ではありません。矢合城主であった橋本大膳がこの地に観音菩薩を祀り、その後橋本家が代々守ってきたものが、いつのころからか霊験あらたかと有名になったもののようです。矢合観音の由来は諸説ありますが、こちらを参照してください。

矢合観音
矢合観音

矢合観音の正面には、その名も門前屋食べログで評判を見る)という土産物屋兼食堂がありますが、ここはなかなかお勧めでした。

矢合観音前の門前屋
矢合観音前の門前屋

矢合からは名鉄国府宮駅行きのバスが1時間に1本くらい出ていますが、頑張って歩きましょう。矢合観音からそのまま北上すると、道は三宅川を渡ります。その左側にあるのが治水社。治水社は近年の治水事業に関するものかと思ったら、昭和12年の碑文を読むと織豊時代と書いてあります。碑文はこちらにあります

治水碑
治水碑

治水社の脇に北へ向かう未舗装の道がありますが、この道をたどると安楽寺。国分寺の支院として創建された寺院で、十一面観音像(平安時代後期で秘仏)など、国指定の重要文化財の仏像が何体かあります。

安楽寺の収蔵庫
安楽寺の収蔵庫

なお安楽寺は桜がきれいだそうです。安楽寺の後はゴールの名鉄国府宮駅までひたすら歩くだけ。途中稲沢公園荻須記念美術館に立ち寄るのも良いでしょう。

荻須記念美術館入り口
荻須記念美術館入り口

集合場所

JR清洲駅が集合場所、出発点になります。ゴールは名鉄国府宮駅ですが、途中からバスに乗ることも可能です。

行程とコースタイム

このコースはJR清洲駅から歩き始め、見学を含めて4時間ほどです。すべて舗装された道を歩きます。

昼食

清洲駅の周辺の他、コース周辺の幹線道路に出れば飲食店は数多くあります。

トイレ

途中の公園数カ所に公衆トイレがあります。

持ち物と服装

街歩きの服装で大丈夫です。靴はスニーカーを勧めます。

ハイキング適期

年中訪れることができますが、夏の暑い時期は避けるほうが良いでしょう。お勧めは当然紫陽花の花の時期です。

近隣の見どころ