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近江八幡 近江商人の町並み、八幡堀と八幡山城跡(ハイキング・コース)

    近江八幡は、豊臣秀吉の甥、豊臣秀次(当時は羽柴秀次)が1585年に築城した八幡山城の下に開けた城下町で、近江商人で栄えた街です。また近代では、アメリカ人英語教師ヴォーリズの活躍により、洋風建築が作られたのみならず、メンソレータムの近江兄弟社や、クラブハリエのバウムクーヘンなど、新たな産業も育成されました。

    このコースは、近江商人の暮らした城下町から、水郷の八幡堀八幡山城跡からのハイキング、ヴォーリズ建築などを巡るコースです。八幡山城は続日本100名城に選ばれていますが、豊臣秀次の次に京極高次が城主となったものの、1595年には廃城となっており、わずか10年しか使われませんでした。その後近江八幡は天領となり、織田信長安土城城下町を引き継ぐような形で、商業が発展しました。


    このコースの歩行距離は10㎞強ですが、健脚者は八幡山城に徒歩で登り、そこから縦走路を百々神社まで歩くなど、距離を延ばすこともできます。逆に足の弱い人は、八幡山城からの山道を割愛してロープウェイで降りてくることも可能です。時間と体力に合わせてコースをアレンジしてください。

    コースの見どころ

    JR近江八幡駅を降りたら観光案内所がありますので、観光地図をゲット。まずは駅前から八幡山城のほうにまっすぐのびる小幡町通りを進みます。

    八幡山城跡に向かう
    タネヤ八幡山城跡に向かう

    ほどなく、左側にクラブハリエ近江八幡店たねや近江八幡店。一つの店舗の中が和菓子コーナーと洋菓子コーナーに分かれています。買い物しようかと思いましたが、レジ待ちの人が多かったのでパス。岐路に立ち寄って購入しました。

    クラブハリエ近江八幡店のキッチン
    クラブハリエ近江八幡店のキッチン

    しばらく歩くと右手に西光寺。織田信長供養塔があります。寺伝によれば、京都本能寺で没した織田信長のあごの骨が分骨されたとのこと。また円山応挙作の「芦鯉の図」などが保管されているそうです。西光寺は、安土の浄厳院で織田信長の命で開かれた「安土宗論」に参加したことでも有名です。

    西光寺の織田信長供養塔
    西光寺の織田信長供養塔

    続いては脇道のそれ、近江八幡市立八幡小学校。建物は大正時代の風情ある洋館です。ヴォーリズ建築事務所が改築を担当したとか。元の設計はヴォーリズではないようです。

    近江八幡市立八幡小学校
    近江八幡市立八幡小学校

    その先にあるのが池田町洋風住宅街(ヴォーリズ建築群)。ヴォーリズも住んでいたという、大正時代のアメリカンコロニアルスタイルの住宅が数軒並んでいます。写真右側はウォーターハウス記念館といい、1913年のもの。ウォーターハウス氏は、ヴォーリズ氏の協力者で、この家に住んでいたそうです。

    池田町洋風住宅街
    池田町洋風住宅街(ヴォーリズ建築群)

    池田町洋風住宅街を見学したら新町通に向かいます。新町通はかつて近江商人たちが屋敷を構えたところ。現在でも当時の面影が色濃く残っています。

    新町通と京街道(朝鮮人街道)との角にあるのが旧伴家住宅。伴家は江戸時代に京都、大阪、江戸にも店を持っていた豪商だったそうです。旧伴家住宅、近江八幡市立歴史民俗資料館、近江八幡市立郷土資料館、旧西川家住宅の共通入館券が割安です。旧伴家住宅は大きく、明治維新後は学校や図書館として使用されたこともあったそうです。

    旧伴家住宅大広間
    旧伴家住宅大広間

    旧伴家住宅の向かいにあるのが近江八幡市立歴史民俗資料館近江八幡市立郷土資料館。どちらも小さな資料館ですから、さっと見ることができます。

    近江八幡市立郷土資料館
    近江八幡市立郷土資料館

    風情ある新町通を少し進みます。旧西川家住宅が左側にあります。

    近江八幡旧西川家住宅
    近江八幡旧西川家住宅へ向かう

    旧西川家住宅は江戸中期1706年の建築で、重要文化財に指定されています。なお西川家は300年続いたのち、昭和初期に断絶したそうです。

    旧西川家住宅の内部
    旧西川家住宅の内部

    そのすぐ先が八幡堀。豊臣秀次は八幡堀に八幡山城の堀だけではなく、水運用の運河の機能を持たせ、琵琶湖を往来する商船を寄港させたそうです。これが近江八幡の発展の礎となりました。しばしお堀沿いを散策しましょう。

    近江八幡 八幡堀
    近江八幡 八幡堀

    周辺には飲食店も数多く、また船で運河めぐりをすることもできます。この日は時間の都合で船はあきらめました。

    八幡堀の遊覧船
    八幡堀の遊覧船

    八幡堀には橋がいくつかかかっていますが、代表的なものは白雲橋でしょうか。その白雲橋のすぐ南側にあるのが白雲館。見ただけで歴史的な建造物だとわかるデザインです。明治10年に民間の寄付で、教育のために作られ、小学校として使われていました。

    白雲館
    白雲館

    白雲館から橋を渡ってすぐのところが日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)の入り口です。誉田別尊(ほんたわけのみこと)、息長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)、比売神(ひめかみ)を祭神とする神社で、創建年代は不明ですが、第13代成務天皇即位の時と伝わっているそうです。三神の木造など、国の重要文化財がいくつかあります。また、日牟禮八幡宮の祭り、左義長まつりが有名です。

    日牟禮八幡宮
    日牟禮八幡宮

    八幡山を登る八幡山ロープウェイの駅は日牟禮八幡宮に隣接しています。八幡山縦走コースの登山口は、たねや日牟禮乃舎のある角を入った山すそにあり、案内板が立っています。

    八幡山ロープウェイ
    八幡山ロープウェイ

    たねや日牟禮乃舎は古民家風の建物の、和菓子屋さん。お茶をしたり、ランチをいただいたりできるスペースもあります。季節限定メニューが出ることもあるようです。たねや日牟禮乃舎のメニューはこちらにありますが、季節限定メニューは掲載がないようです。

    ロープウェイの山上駅から階段を登ると八幡山山頂展望館があります。近江八幡の町や、安土城跡、遠く伊吹山までが見渡せます。

    八幡山山頂展望館からの展望
    八幡山山頂展望館からの展望

    八幡山城跡には現在、京都から移築された豊臣秀次の菩提寺、村雲御所瑞龍寺(むらくもごしょずいりゅうじ)が建っています。ですから、八幡山城跡ではあまり「城跡にいる」という感じはしません。

    村雲御所瑞龍寺
    村雲御所瑞龍寺山門

    瑞龍寺からは八幡山城北丸に向かいます。北丸の脇から、尾根伝いに歩いて行ける山道が出ています。鞍部を超えて登り返したところが北之庄城跡です。北之庄城は福井県にもありましたが、こちらは近江の北之庄城跡です。北之庄城は八幡山城に関連した施設ではなく、八幡山城よりもかなり古い中世城郭です。大規模な土塁や堀切が残っています。佐々木六角氏によって築かれたという説もあるようですが、起源は定かではありません。

    北之庄城の堀切
    北之庄城の堀切

    北之庄城を越えて次の鞍部には分かれ道があります。まっすぐ尾根を進む縦走路と、右(東)に降りて、ヴォーリズ記念病院へ向かう道です。このハイキング・コースは、ヴォーリズ記念病院へ向かいます。あまり踏まれていない山道を降りていくと、20分ほどでヴォーリズ記念病院の裏手に出ます。そこにある洋館がツッカーハウスです。ツッカーハウスはヴォーリズ建築の一つですが、老朽化のため取り壊す話が出たときに、市民グループが保存に名乗りを上げました。

    ツッカーハウス
    ツッカーハウス

    ヴォーリズ記念病院からラ・コリーナ近江八幡へと向かいます。ラ・コリーナ近江八幡はまずその外観が目を引きます。建築家の藤森照信の設計です。中は、たねや(和菓子)とクラブハリエ(洋菓子)のショップや、カフェになっています。休日はものすごい人出で、取材の時も列に並ぶのはあきらめました。行くのであれば平日をお勧めします。

    ラ・コリーナ近江八幡
    ラ・コリーナ近江八幡

    ハイキング・コースはラ・コリーナから近江八幡駅まで徒歩で戻る設定になっていますが、ラ・コリーナの前や、白雲館の前にバス停があり、1時間に3本ほど近江八幡駅行きが出ていますので、歩き疲れた場合にはバスを利用することもできます。

    集合場所

    JR近江八幡駅JR近江八幡駅が集合場所、出発点になります。ゴールも近江八幡駅です。

    行程とコースタイム

    このコースはJR近江八幡駅から歩き始め、見学を含めて5時間ほどです。途中、八幡山城跡から北之庄城跡を経てヴォーリズ記念病院までは山道です。

    昼食

    山道の区間を除き、いたるところに飲食店があります。

    トイレ

    商人町、八幡山の麓、八幡山山頂付近、ラ・コリーナなどにトイレがあります。

    持ち物と服装

    山道を歩く場合は、軽登山の服装がよいでしょう。靴はハイキング・シューズをお勧めします。短距離ですが斜面はそこそこ急なので、靴底が滑りやすいスニーカーはお勧めしません。

    ハイキング適期

    年中訪れることができますが、夏の暑い時期と降雪がある時は避けるほうが良いでしょう。

    近隣の見どころ

    JRで一駅移動すると安土城があります。