コンテンツへスキップ

堀秀村

堀秀村はまたの名を堀次郎といい、1557年ごろに近江に生まれた武将です。堀秀村は当初は中山道(当時は東山道)番場宿の北に位置する鎌刃城を居城としていました。

鎌刃城主郭
鎌刃城主郭

堀秀村は1570年ごろまでは浅井長政の家臣でしたが、長比城の城主だった時に、竹中重治(竹中半兵衛)の働きかけで織田信長に寝返りました。堀秀村は同じ年の姉川の戦いにも織田軍の先手として参戦しています。

堀秀村が守護していた長比城主郭の虎口

もともと浅井家と堀家はどちらも京極家に仕える土豪で、同格でした。それが浅井氏がのし上がり、堀家は配下とされていたので、堀秀村には浅井長政に対してさほど忠誠心はなかったのかもしれませんね。

続く越前の朝倉攻めでは、堀秀村は木ノ芽峠城の守備につきますが、堀家家老の樋口直房が逃亡し、その責によって改易となりました。

その後堀秀村は豊臣秀吉、あるいは豊臣秀長に仕えていましたが、関ヶ原合戦の前年、1599年に没しました。

関連した以下のウォーキング・ハイキングコースがあります。

米原から西円寺、息長。古代から中世の近江を訪ねる(ハイキング・コース)

このコースは、米原駅から北国街道を進み、廃道になった道で尾根を越えて西円寺の集落に入ります。そこから、古代は息長氏が、中世においては京極氏や浅井氏の配下の土豪・武将たちが治めていたであろう、農村地帯を歩きます。いくつかの… 続きを読む »米原から西円寺、息長。古代から中世の近江を訪ねる(ハイキング・コース)

鎌刃城の虎口

中山道番場宿 鎌刃城から、竜宮山、八葉山、西坂山、地蔵峠(ハイキング・コース)

中山道の番場宿の東の山上に位置する鎌刃城跡から、尾根道をたどって竜宮山、八葉山、西坂山を経て、松尾寺山に近い地蔵峠まで縦走します。地蔵峠からは松尾寺の西坂参道を下り、再び中山道に出てJR醒ヶ井駅まで歩きます。史跡と山歩き… 続きを読む »中山道番場宿 鎌刃城から、竜宮山、八葉山、西坂山、地蔵峠(ハイキング・コース)