美濃路 稲葉宿から萩原宿(ウォーキング・コース)

評価 :3/5。

稲沢市の中心部、名鉄国府宮駅近くにある美濃路稲葉宿から、一宮市の萩原宿までを巡るコースです。7kmくらいの延長ですから、2時間半あればゆっくり歩けます。途中史跡はいくつかありますが、重要な文化財等はあまり残されていません。


美濃路は旧中山道の垂井宿と、東海道の宮宿とを結ぶ脇往還です。東海道は宮宿と桑名宿との間で海を渡るために敬遠され、美濃路が発展したと考えられます。江戸時代には将軍上洛、朝鮮通信使、琉球王使、お茶壺道中や象までもが美濃路を通りました。

このコースは名鉄国府宮駅と名鉄萩原駅の間を歩きますが、余裕がある人は清須宿を含めて、JR清洲駅から歩いても半日の行程です。

途中には、中島郡の名の由来になった豪族中島氏にゆかりの、中嶋宮などに立ち寄ります。

コースの見どころ

名鉄国府宮駅から住宅街をしばらく西に向かうと、最近整備された美濃路稲葉宿本陣跡ひろばに出ます(公式ホームページはこちら)。美濃路は南から来てここで西向きに直角に方向を変えています。この周辺から、西にある三宅川の橋を超えたあたりまでが、旧稲葉宿のようです。ちなみに稲葉宿は稲葉村と小沢村とに跨っていて、後にこの二つが合併して稲沢の地名ができたそうです。

美濃路稲葉宿本陣跡ひろば
美濃路稲葉宿本陣跡ひろば

稲葉宿には江戸期から残る建物はないようですが、それなりに街道沿いの風情を残す古い家屋や商店が点在しています。

藤市酒造(株)
藤市酒造(株)
問屋場址の碑
問屋場址の碑

稲葉宿内から津島街道が分岐しています。矢合観音を経由して津島まで続く道だったそうです。

津島街道分岐
津島街道分岐

稲葉宿周辺には宝光寺や禅源寺を始めとする、いくつかの寺院や神社があります。中でも重要なのは禅源寺のようで、街道から少し北に逸れますが、訪れてみました。

禅源寺は、金華山禅源寺といい、京都の妙心寺を大本山とする臨済宗妙心寺派に属する禅寺です(禅源寺ホームページ)。1376年に南禅寺四十七世、太清禅師が建立したと伝えられています。1634年に三代将軍徳川家光が上洛した折には宿となり、その時から葵の紋の使用が許されたそうです。一時無住となり、あれた時期もあったようですが、1682年には朝鮮通信使が滞在し、その一員の洪世泰が書いたとされる板額が残っています。

禅源寺
禅源寺

禅源寺には稲沢市の指定文化財になる仏像などが何点かあるようですが、通常は公開されていないようです。取材の日には門も閉ざされていて、境内を見ることもできませんでした。

禅源寺から美濃路に戻り、さらに道を西に進みます。ほどなく三宅川を渡ります。地図を見ると、稲葉宿は三宅川が蛇行した内側に発達したようです。三宅川の少し下流にある矢合観音も同じような立地ですね。

三宅川
三宅川

ここから美濃路は北寄りに方向を変えて行きます。西尾張中央道辺りでは旧道がどこかわかりませんが、適当な道を選んで進むと、稲沢市から一宮市に入ります。道が再び西寄りになるあたりで北側にあるのが、中嶋宮の鳥居です。その先には長い参道が続いています。

中嶋宮の鳥居
中嶋宮の鳥居

中嶋宮は歴史的に非常に重要な場所ですから、美濃路を逸れて訪れます。途中は尾張の原風景と言える、水田の向こうに中嶋宮の森が浮かぶ姿が見られます。

中嶋宮の杜
中嶋宮の杜

中嶋宮は今は無住となっている長隆寺に隣接する神社です。この辺りにはかつて倭姫命が3ヶ月逗留したという、旧中嶋宮(後の丸宮神明社)がありましたが、今は現在の中嶋宮に合祀されています。

中嶋宮
中嶋宮
長隆寺山門
長隆寺山門

中嶋宮の裏手の道を西に進むと、すぐに中嶋宮居跡と書かれた石柱があります。ここが倭姫命が滞在したと言われる丸宮神明社跡です。

中嶋宮居跡
中嶋宮居跡

さらに少し西に進むと中嶋城跡。中島城と書くこともあるようです。平安時代の1221年に嵯峨源氏の末裔、中島氏がこの地に来て、中嶋城を作ったと伝えられています。城主は中島左衛門尉宣長を名乗り、子孫は蔵人に任ぜられ、代々中島蔵人と呼ばれたそうです。城は戦国時代に織田信長との戦乱で廃城となりました。その後中島氏は、豊臣秀吉の家臣となったそうです。

中嶋城址
中嶋城址

中嶋城址からしばらく西に進むと、今度は中島廃寺の石碑。 中島廃寺からは奈良・平安時代の軒丸瓦・鬼瓦などが出土しているそうですから、上述の中島左衛門尉宣長の時代を更に遡ることになります。かなり昔からこの辺りは重要な土地であり、有力者がいたことがしのばれます。

中島廃寺
中島廃寺

中島廃寺からさらに西に進むと、美濃路に戻ります。この辺りは旧街道らしい風情を残したところ。ほんのわずかな区間ではありますが。

美濃路
美濃路

美濃路沿いの次の史跡は高木一里塚跡。ここは一里塚の碑があるのみで、痕跡は全くありません。

高木一里塚跡
高木一里塚跡

やがて道は萩原宿の入り口、串作の集落に入ります。ここにあるのが串作の庄屋で、問屋場を営んでいた佐藤家の跡。幕末の1864年に長州征伐のため上洛した十四代将軍徳川家茂がここで昼休憩をとったそうです。

串作庄屋佐藤家跡
串作庄屋佐藤家跡

串作の交差点、名鉄尾西線を超えると、萩原商店街です。尾西線の線路を越えたすぐ右側に、舟木一夫旧宅の看板があります。

舟木一夫ゆかりの地
舟木一夫ゆかりの地

ここがかつての萩原宿ですが、宿場町というよりは、昭和のレトロな商店街という印象です。

萩原商店街
萩原商店街

この後、ちょうどお昼時に近くなったので、味噌カツで有名な岩田屋で昼食を取り、ゴールとしました。

岩田屋
岩田屋

帰路は名鉄萩原駅から。

集合場所

名鉄国府宮駅外が集合場所、出発点になります。

行程とコースタイム

このコースは 名鉄国府宮駅 から歩き始め、見学を含めて2時間半ほどです。すべて舗装された道を歩きます。

昼食

名鉄国府宮駅周辺と、萩原駅周辺の萩原商店街に飲食店があるほか、道中にも所々に飲食店があります。

トイレ

稲沢市内には公園等もあり、道中あちらこちらにトイレがありますが、一宮市に入ると道沿いに公園等がなく、トイレはコンビニ等を利用することになります。

持ち物と服装

街歩きの服装で大丈夫です。靴はスニーカーを勧めます。

ハイキング適期

年中訪れることができますが、夏の暑い時期は避けるほうが良いでしょう。

近隣の見どころ

国府宮駅から裸祭りで有名な尾張大國霊神社(国府宮)を訪れることができます。萩原からは、次の起宿まで2時間余りで歩けますので、一日で稲葉宿―萩原宿―起宿と進むことも可能です。起宿―萩原宿のコースはこちら

Post Author: ガイドマスター