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関ケ原古戦場決戦地

石田三成の陣があった笹尾山からさほど遠くないところに関ケ原古戦場決戦地はあります。近くには島津義弘陣跡もありますし、西軍はあまり敵に攻め込むことなく追い込まれたことがよくわかります。

関ケ原古戦場決戦地
関ケ原古戦場決戦地

島津の退き口(のきぐち)はここでの敗戦から始まりました。敵陣を突破しての逃避行です。大将島津義弘を逃がすために、甥である島津豊久も討ち死にしました。なお、島津義弘が逃げたルートは西の柏原方面(東山道)ではなく、南に向かう伊勢街道だったそうです。

10月に訪れると、決戦場付近では地元の人たちが育てたコスモスや彼岸花が花盛りでした。

決戦場付近のコスモス
決戦場付近のコスモス

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