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関ヶ原の合戦が東軍勝利で終わった後、徳川家康最後陣地の床几場で首実検が行われました。西軍の将の首は、東首塚と西首塚に分けて葬られました。当時この地の領主であった竹中重門が、徳川家康の命を受けて埋葬したそうです。
西首塚はJR関ケ原駅から国道をに向かってしばらく歩いたところにあります。中山道ではありますが、交通量が多く、歩くのには向いていない区間です。
西首塚の敷地内にある観音堂は寛政5年(1793年)建立されたもので、中には馬頭観音や千手観音が安置されています。

西首塚の裏には小さな古い五輪塔がいくつもあります。関ヶ原一体にはこうした、合戦の死者を弔ったと思われる簡素な五輪塔が無数にあります。

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