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磯野山城

賤ヶ岳から余呉湖賤ヶ岳山本山歩道をしばらく進むと西野山330mの看板があります。そのすぐ先に、磯野山城跡へ向かう道を示す道標があります。この道標から南東に向かう尾根を下るのですが、この道は全く整備されておらず、ひどいです。

磯野山城跡へ向かう道を示す道標
磯野山城跡へ向かう道を示す道標

時折出てくる目印のビニールテープを頼りに、かなりの部分藪をかき分けて踏み跡をたどると、すぐにいくつもの山城の施設跡が出てきます。

やがて、少し小高いところに磯野山城の主郭と副郭。看板がありますが見落としそうです。

そこからさらに尾根をたどります。この辺りは堀切だらけ。斜面を登ってくる敵を防ぐためだったのでしょうか。一部には石垣跡のようなものもありますが、定かではありません。

最後に下り着いたところ(登山口)も大堀切のようになっています。

磯野山城登山口
磯野山城登山口

磯野山城は築城の年は明確ではないですが、戦国時代に京極氏に仕えていた磯野員友あるいは磯野員精が築城したと言われています。磯野山城が磯野氏の居城になっていました。1517年に京極氏に代わって力を持った浅井亮政が京極高清を小谷城に幽閉したときに、磯野員栓と子の磯野為員は磯野山城に籠って浅井氏と戦いました。1532年に磯野為員が討ち死にし、浅井氏に屈服、磯野氏は磯野員吉が継いで浅井氏の家臣となり、佐和山城に入りました。代わりに磯野山城には浅井氏の家臣、大橋秀元が入りました。

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