タグ: 岩村城

岩村城は岐阜県恵那市岩村にある山城。日本三大山城の一つとされる石垣が有名な城です。戦国時代に織田信長の叔母で、亡くなった城主、遠山景任の妻、おつやの方が実質的な城主を務め、女城主の城としても知られています。おつやの方は後に織田信長の敵、武田方に寝返ったとして1575 年、織田信長によって磔となったという、悲劇のシーンでもあります。

では岩村城は戦国時代の城かと言うと、その歴史はずっと古く、築城の年ははっきりしないものの、鎌倉時代に遠山景朝が築城したと言われています。遠山景朝は源頼朝の家臣の息子だとか。その後戦国時代に至るまで代々遠山家がこの地を治め、遠山家の城として存続したようです。

1571年に遠山景任が病死し、信長は5男の織田勝長を遠山氏の養子に出し、後見をおつやの方に任せましたが、幼少の城主に代わり、おつやの方が実質的な城主となりました。

1572年に武田軍が岩村城を包囲し、おつやの方は秋山虎繁と婚姻するという条件を飲んで降伏しました。その後、岩村城は武田方の城になります。

1575年信長は長男織田信忠を大将として岩村城を攻撃し、城を奪還。秋山虎繁とおつやの方は捕えられて長良川河川敷で磔となりました。岩村城には河尻秀隆が入城し、現在ある見られるような城に改築したそうです。

1582年の甲州征伐の折には、信長は信濃攻撃には参戦せず、岩村城に滞在していました。その後岩村城は森長可が入城、小牧・長久手の戦いで長可が討ち死にした後は森忠政が引き継ぎました。

江戸時代には岩村藩の城として存続していましたが、城主はたびたび代わっているようです。

岩村城有名な六段壁。

岩村城六段壁
岩村城六段壁

岩村城本丸埋門
岩村城本丸埋門

岩村城の本丸部分。

岩村城

岩村城山頂部分の360度ビュー。

[dimage url=”https://guide.isekinotabi.com/wp-content/uploads/2021/04/R0010211_20201111140238-scaled.jpg” control=”true” auto-rotate=”true” allow_scroll_to_zoom=”true” zoom_level=”0″ anim_speed=”2″ default_position=”0″]